仏教 こころの言葉

このページは21世紀の夜明、2000年3月より「樹心堂」として毎月1回の更新の形で表示しておりましたが、この度、新しく「仏教 こころの言葉」として、みなさまに御覧いただくべく、あらためて表示しております。


●今月の言葉(2019年1月)
慈信坊義絶の経緯


  先月の御消息集(略本)第八書簡で慈信坊義絶の経緯に関する親鸞聖人のお手紙は、ほぼ終りました。ところが、最後にもう一度、どうしても、この際取り上げたい、聖人のお手紙があります。この手紙は末燈鈔第三書簡です。この手紙は既に2015年7月に、この場で一応読み終えたお手紙です。しかし、このお手紙を再び新しい視点で取り上げる理由は何か、これは、善鸞事件の顛末を読み終えた後で、ふと、この第三書簡の巻末の差出日付を見ますと正嘉元年十月十日となっています。この日付は、なんと親鸞聖人が、わが子である善鸞を義絶した建長八年五月二十九日から、1年余り後ということになります。この手紙を、もう一度、読むことによって、あらゆる意味で親鸞聖人という人の真価を、私たちは、あらためて認識することになります。それでは、とりあえず、前回と同じく、お手紙の原文と、現代語訳を、掲載し、そのあとで、ここまで書かせていただいた続きを「HP作成者の感想」として、掲載させていただきたいと思います。
 
末燈鈔第三書簡

信心をえたるひとは、 かならず正定聚(しょうじょうじゅ)のくらゐに(じゅう) するがゆへに (①とう) 正覚(しょうがく) のくらゐとまふすなり。大無量寿経 (②だいむりょうじゅきょう)摂取不捨( せっしゅふしゃ)利益(りやく)にさだまるものを 正定聚(しょうじょうじゅ)となづけ、 無量寿(③むりょうじゅ) 如来会(にょらいえ)』には等正覚とときたまへり。その名こそかはりたれども、正定聚・等正覚はひとつこゝろひとつくらゐなり。等正覚とまふすく らゐは補処(④ふしょ)弥勒(みろく)とおなじくらゐなり。 弥勒(みろく)とおなじく、 このたび無上覚(むじょうかく) にいたるべきゆへに、弥勒におなじとときたまへり。さて『 大経(だいきょう)』 には「次如弥勒(⑤じにょみろく)」 とはまふすなり。
 弥勒はすでに仏にちかくましませば弥勒仏と諸宗のならひはまふすなり、しかれば弥勒におなじくらゐなれば、正定聚のひとは
如来とひとしともまふすなり。浄土の真実信心のひとは、この身こそあさましき不浄造悪(ふじょうぞうあく)の身なれども、こゝろはすでに如来とひとしければ、如来とひとしと まふすこともあるべしとしらせたまへ。弥勒すでに無上覚(むじょうかく)にその心さだまりてあるべきにならせたまふによりて、三会(⑥さんえ)あかつきとまふすなり。浄土真実のひとも、このこゝろをこゝろうべきなり。
 光明寺の 和尚(かしょう) 般舟讃(⑦はんじゅさん )』には信心のひとは、この (しん) すでにつねに浄土に () すと (しゃく) したまへり。 () といふは、浄土に信心のひとのこゝろつねにゐたりといふこゝろなり。これは 弥勒( みろく) とおなじといふことをまふすなり。これは (とう) 正覚(しょうがく)弥勒(みろく)とおなじとまふすによりて、信心のひとは如来とひとしとまふすこゝろなり。

 正嘉(しょうか)元年丁巳(ひのと み)十月十日      親 鸞
 (しょう)(しん)御房(おんぼう)



現代語訳
   信心をいただいた人は、かならず正定聚の位(いのちおわったあと、仏と一体になり、ほとけのさとりのままにはたらける位)に住することになるので、これを等正覚の位(仏のさとり、すなわち正覚にひとしい位)というのです。「大無量寿経」には仏に摂取され捨てられることのない利益(りやく)に定まるものを正定聚と名付けられており、「無量壽如来会」というお経には、このような人は等正覚にある人と説かれています。その名こそ異っていますが、必ず仏に成る位も、仏と等しい位にあることも、同じ一つの意味であり、おなじ位であります。
 等正覚、すなわち仏と等しい位ということは、やがて釈迦牟尼仏の位につくことがきまっている弥勒菩薩と同じ位です。だから、大無量寿経には“次如弥勒”というふうに表現されているのです。
 弥勒菩薩は既に仏に近いさとりの境地にある菩薩ですから、諸宗でも、弥勒菩薩ではなく弥勒仏とも申しているのです。したがって、弥勒と同じ位ということは、正定聚の人は如来と等しいというのです。浄土真実の信心にある人は、この身こそあさましい、悪をのがれられない存在ではありますが、こころはすでに如来とひとしいと申すこともあるのだこころえてください。弥勒菩薩となれば、これは、すでに、無上のさとりに さだまることになるわけですから成仏の暁には浄土において三回の仏の説法をされるので、これを三会の暁というのです。
真実に浄土往生を願うひとも、このことをよくこころえられてしかるべきでしょう。
 中国の光明寺におられた善導大師が著された「般舟讃(はんじゅさん)」には、信心の人のこころはすでに浄土にあるのだと注釈されています。浄土にあるということは、信心のひとのこころは、すでに、つねに、浄土に居るのだということです。このことを弥勒と同じだというのです。すなわち、等正覚を弥勒と同じというのですから、信心の人は如来とひとしいという意味になるのです。
  正嘉(しょうか)元年(一二五七)丁巳(ひのとみ) 十月十日         親鸞
 性信(しょうしん)御房

【HP作成者感想】

 この手紙の日付は親鸞聖人が、子息善鸞を義絶した建長八年(1256年)五月二十九日から、一年余り後のことです。聖人としては、自らの子息の善鸞が起こした善鸞事件全体が関東における親鸞浄土教の根底を揺るがすような事件であり、また、関東の門弟たちに、多大な迷惑と混乱を与えたことは、親である親鸞として身の置き所もないほどの苦痛であったことは否めません。にもかかわらず、このような時期においてもなお、自らの信ずる浄土教を多くの人に伝えようという強い意志を以って八十五歳という年齢で、なお、この手紙を書かれておられるということは、まことに聖人の強靭な精神に、只々目を見張るばかりです。
 そして親鸞はこの末燈鈔第三書簡で、弥陀の恩徳によって信心を獲た者の、この世での在り様(よう)は如何なるものであるかを語っています。この在り様こそ親鸞浄土教の真髄を顕すものであり、それを拝読する私たちに対しては、まさに生死出づべき道を指し示す珠玉の法語でもあります。

 すなわち、弥陀の恩徳により信心をいただいた者は、正定聚のくらゐに住するがゆえに、これを等正覚のくらいと申すなりと述べ、親鸞が真実の経とする経典『大無量寿経』には、これを正定聚(まさに浄土往生の定まった人)と名付けられており、また、『大無量寿経』とは別途に訳された『無量寿如来会』には「等正覚」として説かれていると述べています。そして、等正覚の位置づけは弥勒と同じだというのです。弥勒は補処の弥勒とも云い、釈尊の跡を継いで、いずれ仏になることが定まっている菩薩であって、正定聚の人は、弥勒と同じく、やがて仏になることが定まっている人をいうので、これを「次如弥勒(しにょみろく)」ともいうと親鸞は説きます。「次如弥勒」とは弥勒の次ということではなく、弥勒と同じ様に、次の世では仏になる存在だというのです。正定聚が、浄土往生が間違いなく定まった人々であるというのは、このことです。そして、更に正定聚の人は、この身こそあさましき不浄造悪の身だけれども、弥勒と同じなれば、こころはすでに如来と等しということもあるべしと、我々にとって目を見張るようなことを聖人は書かれています。では“如来と等し”とはどういうことか、このことは、同時に“如来と同じではない”ということも表されています。親鸞聖人は、凡夫の自覚の大変強い人でありましたから、聖人の手になる『一念多念文意』においても「凡夫といふは、無明煩悩われらが身に満ちみちて、欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむ心多く、ひまなくして、臨終の一念にいたるまで、とゞまらず、消えず、絶えず。」と悲痛なことばを残しておられます。まさに、これは一人一人の私たちのことを指しているのだと私は思います。すなわち、親鸞浄土教において、臨終に至るまで、生きて、正覚の仏ではありえないというのは、このことでしょう。これも親鸞浄土教の真髄をあらわす大切なことがらです。

さて、この等正覚ということは、菩薩が仏になっていく五十二段階の道のりを云っているのですが、これは下記のような図式になります。

       十信→十住→十行→十迴向→十地→等覚=妙覚(仏)

すなわち、十信から十地までの五段階の各々は、さらに、それぞれ十段階ずつに分かれているので、これで五十段階、そして等覚はその上の段階。また、等覚までは矢印()で示されているように菩薩の厳しい修業の成果によって段階が上がって行き、等覚まで上りつめた五十一段階目の菩薩が弥勒菩薩なのです。これと最高の五十二段階目である仏の階位、すなわち妙覚との関係は、等しい、すなわちイコール()の関係だというのです。この等覚と妙覚の関係が微妙で大切なところです。つまり、等しいけれども同じではない。等覚の弥勒菩薩は、妙覚の仏と等しいのだけれども、あくまでも等しいのであって同じではない。 そして、正定聚(等正覚)の人は、この等覚の弥勒菩薩と同じ位だというのです。ところで、この十信から十地までの五十段階、それに等覚と、そして最高の仏のさとりの階位である妙覚、全部で五十二段階。これらはみな自力聖道門(他力浄土門ではない。)の修業の道程です。すなわち自力聖道門では、それぞれの段階で厳しい修業をクリアして等覚の弥勒菩薩になるのですが、その菩薩が妙覚の仏になるには、たとえ両者が“イコール()”で結ばれているとはいえ、その後、五十七億七千万年の修業が必要で、その結果やっと仏になれるというのです。ところが、念仏の衆生は、どうでしょうか、なんと信心ひとつで、上の五十段階を飛び越えて、五十一段階目の等覚の菩薩である弥勒菩薩と同じ位になるのです。これが真実の信心をいただいた念仏の衆生が、生きて到達する正定聚の位だと親鸞聖人は、この手紙で言われていることになります。そして、弥勒菩薩は、このあと仏になるには五十六億七千万年の修業を経ねばなりませんが、念仏の衆生は、臨終一念の夕べに、それこそ一瞬にして大般涅槃を超証し仏になると、私たちが読み進めようとしている『教行信証の信巻』には書かれています。そして更に、この手紙の最後に、親鸞聖人は、光明寺の和尚(かしょう)、すなわち善導大師の『般舟讃(はんじゅさん)』の文章を引いて、「信心の人は、この心、すでに常に浄土に居()すと釈したまへり。居すといふは、浄土に信心のひとのこゝろ、つねにゐたりといふこゝろなり。」と熱を込めて語っておられるのです。 たいへん“うまい”話のように受け取られるかもしれませんが、親鸞聖人は自らの経験に於いて、すなわち自ら、いただいた信心の情景に於いて、自らの実体験に於いて、このように語られていることは、“うまい話”などという、軽い言葉で表現されるべきことではないと思うのですがいかがでしょうか。 以上、昨年2月から読み進めてきた「関東の念仏集団に大きな混乱を招いた慈信坊善鸞にまつわる親鸞の書簡の拝読を終ります。来月からは、非力をも顧みず、親鸞浄土教の根本聖典である『教行信証』の拝読に入りたいと思います。聖人の教えに、どこまで近づくことが与えられるかは未知ですが、その未知なる領域を進んで行きたいと思います。」  今月はこれで終わります。

今月は以上で終わります。