◎今月の言葉(2005年1月)

仏はいずこに生きるのか
仏はだれに生きるのか
仏はいつ生きるのか
ここで
汝のうえに
仏生き給うことに徹底せよ
今日の生活をぬきにして
いずれの所に宗教があろう
            
住岡夜晃著「讃嘆(さんだん)(うた)」上巻より

 新しい年を、迎えました。
 今月は住岡夜晃(すみおか やこう)著「讃嘆(さんだん)(うた)」から、ほんとうに矢を射るような、するどくも、また、強烈なことばを選んで見ました。この詩の作者である著者は、この“ことば”を誰よりも作者自身にぶつけたのでしょう。また、多くの夜晃の詩の中から、この詩を「帯」にピックアップしたこの本の編者の鋭い宗教的選択眼にも敬意を表します。
 この帯には、また、著者住岡夜晃の紹介文として次のような文が綴られています。『激動と悲劇の20世紀前半に、強い民族的危機感を抱き、親鸞聖人を師と仰いで、その心をたづねつつ、懸命に生ききった一人の宗教家の「詩」。永遠の輝きを放つ、この薫り高き親鸞讃歌は、今もなお多くの人の心をつかみ、一生の燈火となっている』。上に掲げた詩にさっと目を通すだけで、この紹介文が住岡夜晃を語るに、まことに的を射たものであるということがわかります。年月は変わり、古い過去はまたたく間に新しい年となって未来に進んでいきますが、それを受取る自分は常に“今”、“ここ”にある、“自分”なのですから、私たちがいのちとする宗教的自覚も、常に“今、ここで、汝のうえに”のほかのいずれのところにもあるはずがありません。このことばを年頭に、ここに書けた幸せを感じずにはおれません。そして、今も、激動と悲劇の世界は展開されています。
                                 (HP作成者)




◎今月の言葉(2005年2月)

(やみ)深くして光 弥々(いよいよ)輝き
業苦重くして
大悲弥々(いよいよ)深し 
永劫流転の子は今
流転のままに
大悲のみ胸に帰る
(はか)らわずして 自然に
無量寿の会座(えざ)にあり
み名のみ実在(おわ)します
恩徳のみ(まった)
五体投地(とうち)してみ光にゆだぬ
            
住岡夜晃著「讃嘆(さんだん)(うた)」下巻より

 今月はもうひとつ、住岡夜晃著作の下巻から格調高い「讃嘆(さんだん)(うた)」を選んでみました。  もうこれに何をつけ加えるべきか、言葉もありませんが、絶対他力の大道を歩む夜晃の実感が手に取るように伝わってきます。
 これをお読みいただいた方の中には、どうしてこのように思えるのか、どうして「五体 投地(とうち)してみ光にゆだぬ」ことができるのか?とお思いになる方もおられると思います・・・・・。これは私見ですが、やはり、これには、「いつかしら、生まれ出で、やがて、いずれは亡くなる自己の存在」。あるいは「われわれを有らしめたこの宇宙の存在の究極的不思議」を深く反芻することによるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?(HP作成者)




◎今月の言葉(2005年3月)

 昭和9年8月31日、渋谷赤十字病院に於て、妻 信子永眠。9月1日午前10時自宅より出 棺、多摩墓地に埋葬、但し私は泥酔して行かず、それより連日、ウイスキーを飲みては眠り、眠 りては飲み6日大量吐血。7日、秋祭りの太鼓囃を聴きつつ、寝台自動車にて、亡妻と同じとこ ろに入院。吾が病棟は亡妻のいたる病棟と相対す。(中略)
 今朝、痛切に想う。吾れ 信 を真に愛したるにあらざりしや、と。
 真の愛はあんなものに非ず、 否、少なくとも吾は、愛すべき途をあやまてり。
 昨夜ツラツラ想うに、余と云う人間は、幼少の頃よりイヤな奴なり。
徳川夢声著「甘茶(あまちゅあ)博物誌」より

 今月は、少し趣向を変えて、大正から昭和前半期に映画弁士、漫談家、吉川英治原作のラジオ「宮本武蔵」の朗読放送等で活躍した、徳川夢声氏のことばを、その随筆「甘茶博物誌」の中にある「蟋蟀(こおろぎ)日記抄」からとってみました。妻 信子さんを失った悲しみ、悲しみに耐えられず、愛妻の埋葬の現場にも行けず泥酔してしまい、あげくの果てに胃潰瘍の大量吐血で、妻と同じ病院に入院というぶざまなことになった。その病院での自らを省みて書いた文章がこれである。自分は本当に妻を愛したのか、真の愛はあんなものではないはず、自らの人間性につくずく愛想が尽きた自己嫌悪。これらが切実な内省をこめてつづられています。
 これを読むと、私は思わず、親鸞聖人の「浄土真宗に帰すれども、まことのこころはあり難し、・・・・」や、伝教大師最澄の「・・・ここにおいて愚が中の極愚、狂が中の極狂、塵禿(じんとく)の有情、低下(ていげ)の最澄。」にいたる悲嘆の想いを連想してしました。よくよく考えてみれば、このような自らへの嫌悪感は、日常の中で、特に身近な家族に対する、自身の振る舞いを、胸に手をあてて考えてみるとき、誰にも思い当たる自己嫌悪ではないでしょうか。自分はそのような経験はない、常に曇りのない愛を持って家族に対したといえる人には、宗教はいらないと思います。わたしはここに夢声氏の人間らしい宗教性を感ずるのですが、皆さんは、いかがでしょうか。(HP作成者)




◎今月の言葉(2005年4月)

 自分たちが何を為すべきかということはそれほど考えなければならないことではない。考えなければならないのは、自分たちが如何なるものであるかということである。(中略) 神聖ということを、人の為す業に基づけようとしてはならない。人が何であるかというその存在に基づけなければならない。如何に業が神聖であろうと、業である限り、それは決してわれわれを聖化することはない。逆に、われわれが神聖であり、真に存在を()つ限り、食事であれ睡眠であれ徹宵であれ、その他何であれ、われわれの業をわれわれが聖化するのである。(中略)
 では、すべての業の善さがそこから由来する根源であるところの人の本質と存在の根底とが完全に善であるのは、何に基づくのであるか。それは、その人の全身全霊が神に帰向しているということである。・・・
エックハルト 教導講話 「本質と根底とを善ならしむるものは何か」
(上田閑照訳著「エックハルト(講談社学術文庫)」より)


 上記は、ドイツ中世のキリスト教神秘主義思想家といわれるエックハルトの言葉です。 引用文が大変長くなりました。訳文も難解なエックハルトのことばをここに開陳するに私の力ではこのぐらいの長さが必要でした。エックハルトのこのことばを読んで思うことは、親鸞が歎異抄において、「今生にいかにいとをし不便とおもふとも、存知のごとくたすけがたければ、この慈悲始終なし。しかれば念仏まふすのみぞ、すゑとをりたる大慈悲心にてさふらうべきなり」と述べていることと如何に共通しているか驚くばかりです。同じ13世紀に生きたこの二人の偉大な宗教者のことばの相似性に感動するとともに、いままで、「念仏まふすこと」が、どうして「すえとをりたる大慈悲心」なのか、いささか疑問もありましたが、上の文で、逆にわかったような気がします。悲しい人間の性(さが)から自力で善行をつむことに絶望した人間が真の宗教によって救われていく鍵がここにあるように思うのですがいかがでしょうか。(HP作成者)



◎今月の言葉(2005年5月)

ー麦とぶどう酒にー
〔上田閑照訳著「エックハルト説教集」(講談社学術文庫)より〕

 何かを蒙ったり、何か為さなければならないことが起ったりした場合、「これが神の意志 だということがわかっていれば、喜んで悩み、喜んで為すのだが」と言う人たちが多い。こ れは如何に!
 病気の人が、自分が病気であるのは神の意志であるかどうかを問うとは、まことに不思議な問である。病気であるならば、それが神の意志であることは確かであると知 るべきである。他のすべてのことについても同じである。それ故に人は、彼に起ることは何 であってもすべて、単純に純一にそれを神から受け取らねばならない。
 「今年はこんなに沢山麦も穫れたし、ぶどう酒も出来ました。神様を信頼します」と言う人たちのように。「まことに然り」、と私は言う、「お前は確かに全幅の信頼をよせている、麦とぶどう酒に」。


 今月も、エックハルトの文章から掲載させてもらいました。タイトルを − 麦とぶどう酒に − としましたが、これはもう上の文をお読みになった方はおわかりのように、自分に都合が良いことが起こった時だけ神のご加護を感謝し、神を信頼する人々を“神よりも「麦とぶどう酒」”を信頼している人として皮肉ったもので、面白いと思ったからです。これはまた、神社仏閣に家内安全、商売繁盛を願う人々をも皮肉っているといってもよいと思われます。こんな短い文章ですが、私はここにも端的にエックハルトの信仰の真髄が表現されているように思います。すなわち、自分にとって、良きことも、悪しきことも、起こることは全て神の意志であるというエックハルトの信仰の真髄があらわれているものと思うからです。これを読むと、良寛が「災難にあう時節には、災難にあうがよく候。病になる時節には、病になるがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。これ災難を逃るる妙法にて候。」と云っていたということと、大変、よく似ていることを思わずにはおれません。東西の違いは有れ、深い宗教的な思索を経た人には、このような、共通点があることに、私は、ある種の驚きと、喜びを感じないではおれないのです。(HP作成者)



◎今月の言葉(2005年6月)

ー悩みについてー
〔上田閑照訳著−エックハルト「神の慰めの書」(講談社学術文庫)−より〕

 われらの主は詩篇において善き人について、「主は彼と共に悩む」(詩篇三四・一八)と言い給う。私はこの御言葉から直接に聴き取って言いたい、悩みにおいて神が私と共に在り給うならば、それ以上に何を欲するのか、それ以外に何を欲するのかと。
 「我は人と共に悩む」という御言葉について聖ベルナールは言う、「主よ、あなたが悩みにおいて私たちと共に居給うのであれば、あなたが常に私の傍にましまし、私が常にあなたをもち得ますように、常に私に悩みを与え給え」と。
 神がわれわれと共に悩み給う。神御自身がわれわれと共に悩み給うのである。まことに、真理を認識する者は私の言葉の真なることを知るであろう。神は人と共に悩み給うのみならず、実に,神のために悩む人よりもむしろ神の方が比較を絶して激しく神御自身の仕方で悩み給うのである。
 そこで私は言いたい、悩むことを神御自身が欲し給うのであれば、私も当然悩んで然るべきであると。私が正しくあるならば、当然私は神が欲し給うことを欲するからである。「主よ、御意の成らんことを!」(マタイ伝6・10)と私は日々祈り、そのよう に祈ることを神が命じ給うたのであるが、神が悩みを欲し給う時に私は悩みについて不平を言おうとする。これは正しからざることである。
 まことに私は言う、もしわれわれがひたすら神のためにのみ悩むならば、神はわれわれと共にそしてわれわれのために喜んで悩み給うと。その時神は実に悩みなくして悩み給う(lidet sunder liden) のである。その時悩みは神にとって大きな喜びであって、悩みは悩みでないのである。その故に、もしわれわれが正しくあるならば、われわれにとっても悩みは悩みではないであろう。悩みはわれわれにとって歓喜であり慰めであるであろう。・・・・・


 今月も、エックハルト。引用文が随分長くなりました。 「悩みについて」、大変長い文章です。「神の慰めの書」というタイトルとはいえ、これだけではおさまらず、まだまだ続く長い文章を開陳しなければならなかった訳ですから,エックハルトも人間であれば当然持たねばならぬあらゆる「悩み」に随分悩まされたのでしょう。そして、この文章は多くの「悩み」に悩まされたエックハルトの経験に基づくエックハルト自身への語りかけともとれます。ここに常に神と共に、というよりも神の中に生きたエックハルト自身の悩みに対する克服法が説かれています。  一般にエックハルトは西洋中世の神秘思想家として異端者の烙印を押され、また、汎神論者などとの定義もされています。鈴木大拙氏もその全集第16巻(1982年岩波刊)においてエックハルトの神秘思想として注目し、その神観を汎神論的としていますが、エックハルトは自らにおいて、自身を神秘思想家とも汎神論者とも思っていたわけではなく、唯々、純粋に神における信仰を生きた人だったわけでしょう。
 エックハルトの講述や説教とされる文章は多く残されていますが、エックハルトは恒に終止一貫して同じ事を述べており、そしてそれは結局、エックハルトは神により、神の中で、生きているということを述べているのみであるということだと思われます。宗教的真実の体得者とは、結局、そのような人なのではないでしょうか。  このエックハルトのことばを読むと、明治の宗教者「清沢満之」の、すべてを如来のなさしめたもうところと観じた思想と共通のものを想起し、また暴論といわれるかもしれませんがエックハルトとほぼ同じ時代を生きた親鸞の思想にも通ずるものを感じます。まったく、洋の東西を問わず、宗教的信念の極致は同じであると感じないではおれないのです。
 エックハルトは大変魅力的な宗教者ですが、ひとまず今月でその第1回目の探索を終わり、来月からまた、新しい探索の旅を続けたいと思います。(HP作成者)




◎今月の言葉(2005年7月)

法然のことば2
寺内大吉著「法然のことば」より

 いのるによりて やまいもやみ いのちものぶることあらば だれか一人として やみしぬる人あらん。 (「浄土宗略抄」) 

 今月は、寺内大吉著「法然のことば」から、そこにでてくる滋味に富んだことばの数々の中から、現実的で事実に基づいて真実を述べる法然のことばを選びました。法然上人のことばは以前にも一度掲載したことがありますので、今月の題字は「法然の言葉2」と致しました。
 法然は述べます、「祈ることで病も治り、いのちも助かることがあるならば、この世には誰一人として病んだり、死んだりする人がいなくなるはずだ」と、しかし、およそこの世に生まれた人は、病まず、死なない人はいない、と法然は示しています。我がための良きことのみを願って神仏に祈のることの、いかに空しいものであるかをはっきりと示しています。病むことも、死ぬことも、すべて如来大悲の滋味あるおてまわしであると受け取る、事実に基づく融通無碍な真実の追求者 法然 の面目躍如たるものがあります。これであるからこそ、21世紀の科学時代を生きる私たちにも、直接、真実の宗教とは何かを法然は教えてくれているのだ、と私は思います。(HP作成者)




◎今月の言葉(2005年8月)

法然のことば3
寺内大吉著「法然のことば」より

念仏申サン者ハ、只生マレツキノママニテ申スベシ。
善人ハ善人ナガラ、悪人ハ悪人ナガラ、モト(本)ノママニテ申スべシ。  此ノ宗(浄土宗)ハ悪人ヲ手本トナシ善人ヲ摂スナリ。聖道門ハ 善人ヲ手本トナシ悪人ヲ摂スナリ。 善人尚以テ往生ス。況ヤ悪人乎ノ事。


 寺内大吉氏によれば、これは「一期物語」のなかから、「善悪の機」に触れた文章や見出しを並べたものとのことです。それはともかく、「悪人正機」といえば真宗の歎異抄第三段「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや。・・・・」が有名です。ところで、「悪人正機」はかねがね法然上人にその源を発すると聞いていましたが、上記の法然のことばは、歎異抄にあることばよりも更に強烈です。「此ノ宗ハ悪人ヲ手本トナシ善人ヲ摂スナリ。・・」とあるこの部分。歎異抄の「いはんや悪人をや」ならまだしも、「悪人を手本となす」。このことはどう考えたらよいのでしょうか。われわれは「悪人を手本となし」て如何に生きていけばよいのでしょうか・・・・。しかし、よくよく考えてみれば、世の悲惨、世界の悲惨なことがらは、戦争も含めすべて、自らを善と考えることから、起こっているのではないでしょうか。現代世界においても、自らを善とし、相手を悪ときめつけて、それに制裁を加え、それに対抗する。世界の戦争、国内の政争、個人の争い、どれをとっても、これに漏れることがらは無いように思います。その結果、いずれも悲惨な結果を生んでいる。反語めいていうならば、いささか過激な反語を申しますと、「悪」は、「善」から発す。このことを我々は今一度、反芻すべきではないでしょうか。自らを悪とし、自己を悪人と決定(けつじょう)する深い自己認識。そこに法然上人のいう、「悪人を手本となす」ことの深い意味があるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。(HP作成者)



◎今月の言葉(2005年9月)

法然のことば4
黒田真洞著「法然上人全集」より

 法蓮房申さく、古来の先徳みなその遺跡あり、しかるに、いま精舎一宇も建立なし。御入滅の後、いづくをもてか御遺跡とすべきやと。
 上人答給わく。「あとを一廟にしむれば、遺法あまねからず。予が遺跡は諸州に遍満すべし。ゆへいかんとなれば、念仏の興行は愚老一期の勧化也。されば、念仏を修せんところは、貴賎を論ぜず、海人漁人がとまやまでも、みなこれ予が遺跡なるべし。」
                         (勅修御傳、九巻傳等に出づ)

 これは明治39年宗粹社発行の「法然上人全集」の中に掲載されているものです。  真実の偉大な大事業をなした人であればこそ、このような、胸を打つことばも出てくるのでしょう。  これと同じようなことばを、中国の周恩来首相が、「中国の大地こそ自分の遺跡である」といった意味の言葉を残されたとも聞いています。
 法然自らが、与えられた宗教的真実として人々に勧めた「念仏」、それを感得し日々の糧とするあまねき人々の心のなかにこそ、自分の精舎はあるのだという、この法然の強靭な精神性に深い感動を覚えずにはおれません。(HP作成者)




◎今月の言葉(2005年10月)

法然のことば 5
明遍僧都との問答より

 欲界散地にむまれたる(生まれたる)ものはみな散心あり。たとえば人界の生をうけたるものの目鼻あるがごとし。散心を捨てて往生せんといわん事そのことわりしかるべからず。散心ながら念仏申すものが往生すればこそめでたき本願にてはあれ。
                         (黒田真洞著「法然上人全集」)

 上のことばは、元は真言僧で後に法然のもとで一切を捨てて念仏ひじりになった明遍が「念仏は申し候えども、心の散るをばいかがし候べき」と問うたのに対して、「源空もちからをよび候はず、散れども名を称すれば仏の願力に乗じて往生すべし」と答えた法然が、明遍が退出した後、側近に今の問答を振り返って洩らしたことばとのことです。。  明遍のこの問いは、悟りとはほど遠く、常に煩悩のとりこになっている私たちの日常生活の心の状態をよく表しています。それに対して、「散心ながら念仏申すものが往生すればこそめでたき本願にてはあれ」と答える法然のことばは、800年後のわれわれ凡人の心にも強く脈打つ力をもっています。また、これは「念仏申し候らえども踊躍歓喜のこころも起こらず、いそぎ浄土へまいりたきこころも起こらないのはどうしてでしょうか」と問う唯円坊に対して「よくよく案じてみれば、天におどり地におどるほどによろこぶべきことをよろこばぬにて、いよいよ往生は一定・・・」とこたえる親鸞聖人のことばの情景が、全く同じといってもよいほど似ています。このことをとってみても、法然上人と親鸞聖人の心が一体であったことが、この上なくうかがわれるといえないでしょうか。(HP作成者)



◎今月の言葉(2005年11月)

「法然のことば」に関連して

 いつまでも生きたい″と願うのは人間の根源的な欲求である。だが思い直してみると、私という生存体″は何によって支えられ生きているのであろうか。 おびただしい死≠ノよって支えられている事実に気づかねばならない。 米やパンを食べる。魚獣肉や野菜、穀物を食べる。どれもがいのち″を持った生物である。その生物の寿命を中断して、私たちの血や肉をつくる。生存体とは同時に死の集積体でもある。死体そのものである身が、どうしておのれ自身の力で死を選択できるであろうか。
                         寺内大吉著「法然のことば」より
                                (太字への変換はHP作成者)


 上記は、著書「法然のことば」の中で、寺内大吉氏自身が述べている“ことば”である。  われわれはいずれ遅かれ早かれ死に逝く存在である。いつまでも生きていたいと思う本能を断ち切ることは難しいことであるけれども、上述の寺内氏のことばを読めば、その本能が、無理で身勝手な生への欲求であることに納得させられる気がする。
 すなわち、“生存体とは同時に死の集積体でもある。死体そのものである身が、・・・”という強烈なこのことばを読めば、自らの生への執着があまりにも身勝手なものであることがわかるような気がするのである。
 もちろん、生きている限り、思う存分“生”を全うすべきである。しかし、同時にこの寺内氏のことばは、いずれ死に逝くべき、われわれの存在を納得させるものを持っている。凡人であるわれわれは、生死を超越することはできない存在ではあるが、上記のことばから、すくなくとも生死を、自ずと納得できるような気がするのである。(HP作成者)




◎今月の言葉(2005年12月)

法然のことば6

 浄土を願えども激しからず。念仏すれども心のゆるなる事を嘆くは、往生の心ざしの無きには非ず。心ざしの無きものはゆるなるをも嘆かず。激しからぬをも悲しまず。急ぐ道は足の遅きを嘆く。急がざる道にはこれを嘆かざるが如し。また好めばおのずから発心すと申す事もあれば、漸々に増進して必ず往生すべし。  (「十二箇条問答」)
                         寺内大吉著「法然のことば」より
                                (太字への変換はHP作成者)


 寺内氏によれば、これは「浄土へ往生を願っていて念仏にも励むのだが、ともすると日常生活に追われて怠りがちになる。こんな悩みを打明けてきた人」への法然の答えとのことである。求める心はあっても、念仏の宗教的真実に届かないわが心を嘆く人に、求める心のない者は嘆き悩む心もないのだから、求める心こそ往生への道であると、温かく、焦る心を包み込み、救い上げる法然の姿が、そこにあります。このように、鎌倉時代の偉大な宗教者法然は、あらゆる人々を生死の無明から救いとる弥陀の本願をもって、生きとし生ける者を大きく温かく包み込む包容力のあった人であるということがよくわかります。この大きな本願に基づく包容力を体現した法然の人間性が親鸞を初め、その他多くの法然の弟子たちを引き付け、包み込んだのでしょう。法然の道を進もうとした親鸞をして「たとえ地獄に落ちたりとも後悔せず」と言わしめた根源もここにあったということができます。
 日常生活の様々な悩みにとりつかれているとき、ふと、法然上人のあの温容な姿を思い浮かべ、その御名をよぶことによって、800年を経た今も、心が平安になり、自ずと南無阿弥陀仏の声がでてくるのも、偉大な宗教者法然のこの包容力にあるのではないでしょうか。
 以上、本年7月から6回にわたって、掲載させていただいた、「法然のことば」に関するページも、今月でひとまず終わりたいと存じます。新しい2006年はどんな年になるのでしょうか。ともあれ、鎌倉時代と少しも変わらないともいえる現代の無明の世界に、真実の宗教性を求める日々を過ごして行きたいものと思います。(HP作成者)