◎今月の言葉(2006年1月)

内山興正著「御いのち抄」から
―序詞より―

ただたんに自分が食うためにいきるのなら
一体何んの為に食うのか
― もちろんそれは生きているからだ
だがそれなら生きているから生きるにすぎぬ
あまりにも惰性的な生き方でなかろうか
人間食うためにいきるにあらず
生きる為にこそ食うべきだ
そこでわが子を産んで わが子を養うなかに
わが生き甲斐を見出すつもりになる
しかしそのわが子の生き甲斐も
その又わが子を養うなかに求めるのなら
わが子わが子と子子孫孫に生き甲斐を
先き送りしているだけで
ついに人間として真の生き甲斐につき当たらず
“生れ生れ生れ生れて 生の始めに暗く
 死に死に死に死んで 死の終りに冥し”
人類がこの世に出現したことは
暗から闇へただ虚しく生存するだけなのか・・・

                         
 皆さん、明けまして、おめでとうございます。  と一応、月並みな、新年のことばがでてきましたが、
 『門松や 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし』と禅僧一休禅師は詠まれたように、日常生活にドップリとつかって生活しているわれわれには、むしろ、一休禅師のこのことばが、ジワッと身にこたえます。
 明けて今月からは、現代において、生涯、人間という存在を見つめ続け、多くの書を著した禅僧“内山興正老師”が、高齢に達した20世紀末に、それを振返り、21世紀を生きる我々後続の人間に遺した詩詞ともいえる『御いのち抄』から、我々の心にしみることばを抜き出し、味わっていきたいと思います。  師は周知のように若き日、早稲田大学で西洋哲学を学んだ後、一時宮崎公教神学校教師として、キリスト者の道を歩まれた方ですが、昭和16年、故澤木興道師について出家得度、以後、示寂の平成10年までユニークな禅僧としての生涯を全うされた方です。その間、師は、一貫して<生きる意味は何なのか>ということを問題とされ、これを生涯のテーマとして、求道された方だと思います。
 今月は、その冒頭の序詞の一部を抜粋させていただきました。現代の日本の精神状況の大半は、TVをはじめとして、電車内の広告を見ても、ただただ、金のため、食うため、動物的(いや、動物にも及ばぬ)生き方をすすめ誘う広告で満ち満ちています。“この世が全て”、“死んだら何もかもしまい”という思想は、皮相科学信奉の世界観からは、納得できるものかもしれません。しかし、果たして、それが、“真実か”ということを、生涯かけて、追及した方が、内山老師であったとも思います。我々は、単に“暗から闇へただ虚しく生存するだけの存在なのか”このことを提議された内山師に対して、私も、もう一度、振返って、“生きる意味は何なのか”ということを今月も考え続けていきたいと思います。
                                     (HP作成者)

◎今月の言葉(2006年2月)

内山興正著「御いのち抄」から
―序詞より2―

思う世界が凡てでなし
思いを超えたところに
生あり死あり眠りあり

思いで煮たり焼いたり
 する以前を生(なま)という
つまり生(なま)のいのちが
思いとしても現われ
眠りとしても現われ
生としても現われ
死としても現われる
〃この生死はすなわち
仏の御いのちなり〃
又この生(なま)のいのちこそ
直接私に働く
創造する神の御ちから
〃われら神の中に生き
動き亦在るなり〃

                         
 今月 ―序詞より2― は内山興正老師が提議された先月の最後の部分、『人類がこの世に出現したことは暗から闇へただ虚しく生存するだけなのか・・・』の部分に対して、老師自らが答えておられる部分です。
 私たちの生きる意味は何なのか、それは、暗から闇へ虚しく生存するだけの意味なのか・・・と老師はわれわれに問いを突きつけておられます。我々が通常意識する世界が“思う世界”ならば、その“思い”の世界だけが我々の存在する世界ならば、その思いが完全になくなるのは、すなわち死であり、虚無であり、絶望なのですが、老師は今月の冒頭で“思う世界が凡てでなし”と答えておられます。思いを超えたところの“いのち”、それを老師は“生(なま)のいのち”といっておられます。それでは、この“生(なま)のいのち”とは何なのでしょうか。それこそ正法眼蔵生死の巻にいう
〃この生死はすなわち
仏の御いのちなり〃

という“いのち”であり、また新約聖書使徒行伝17−28にいう
〃われら神の中に生き
動き亦在る〃
“いのち”なのではないでしょうか。
そして、それこそまさに、本書にいう“御いのち”なのではないでしょうか。
                                     (HP作成者)

◎今月の言葉(2006年3月)

内山興正著「御いのち抄」から
―六字のお名号―

あたまの中で意味としてまとめる以前
(なま)のいのちとして鳴っているのは
どっちへどうころんでも御いのち
その音に驚いて あげる感嘆詞が
世を観ずる(おと) 南無御いのち(なむあみだぶつ)

このお名号を 称えようと 称えまいと
矢っ張りどっちへどうころんでも御いのち
それで又 その鳴っている音に驚き
あげる感嘆詞 南無御いのち(なむあみだぶつ)
今も 今も 今この実物こそ御いのち
南無御いのち(なむあみだぶつ)   南無御いのち(なむあみだぶつ)

−上掲文中の“振り仮名”も内山興正師による−


 3月は内山興正師称えるところの「六字のお名号」南無御いのち(なむあみだぶつ)
この世的“あたま”で考える生命は結局DNAの再生としての意味しか持たなさそうだけれど、深い宇宙の底から湧き上がる御いのちに思わすあげる感嘆詞、思わず称える南無御いのち(なむあみだぶつ)。天地一杯に満ちる南無御いのち(なむあみだぶつ)
これこそ内山興正師が作詩し称える南無御いのち(なむあみだぶつ)
これも結局、先月にいう〃この生死はすなわち 仏の御いのち〃。
結局、“禅”も“浄土”も、つづまるところ、理屈ぬきで同じ土台の。“南無御いのち”(なむあみだぶつ)

ー今月は私も内山興正師“御いのち抄”のすばらしさに打たれて、感想が作詩まがいのものになってしまいました。ー
                                     (HP作成者)

◎今月の言葉(2006年4月)

内山興正著「御いのち抄」から

―いのちの原点―
あれかこれかと思い(はから)うのはあたまの思い
だがそのどっちへどうころんでも御いのち
愁いの雲は愁いの雲のまま
悲しみの雨は悲しみの雨のまま
怒りのあらしは怒りのあらしのまま
大空が雲ぐるみの大空であるように
すべて思いとしては片付かぬまま
とにかく思い手放し百千万発
まっさらな大空 (なま)の御いのち地盤として
出直し 出直し――
まるで いまの息をいま息するように
息づいていればこそ 生きている
いのちなのだから

―拝 む―
思い滞らず(なま)のいのちに帰ろうと
思いが手放せれば問題なし
そう簡単に思いが手放せなければこそ
だれしも苦しみ悩むのでないか
ところが拝むことは不思議
恰もいまの息をいま息せねばならぬと
息を()らせてしまうから苦しくなる
いのちに()かせ いのちのままにいれば
あたりまえ自然に呼吸しているように
いまの(なま)のいのちを拝んでいれば その儘
いまの(なま)のいのちを拝むいまの(なま)のいのち
思いにかかわらず(なま)のいのちに帰っている
まことに拝むことは不思議
この(なま)のいのちを拝むこころは信心

この信心が観念(あたま)ごとで終わらぬために
身行(しんぎょう)に振替えられて祗管打坐(しかんたざ)

この信心はまた口称行(くしょうぎょう)に振替えられて
世を観ずる音 南無御いのち

思いで煮たり焼いたりする以前を(なま)という
(なま)のいのちを生きるとは 発心百千万発
いつもこの(なま)のいのちから出直し出直し
(なま)のいのちで(なま)のいのちを拝みなおすこと

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
−上掲文中の“振り仮名”も内山興正師による−


 内山興正師の“御いのち抄” いくらでも続けたくなるので、このあたりで終わりました。御いのち抄はまだまだ続くのですが、このあとは・・・・・・とさせていただきます。
 ドングリ、ヘングリ、この私の小さな頭の中で反芻し、思いつくところ、興正師が終始 説いておられるところは、 (なま)の御いのち。
煩悩によごれたこの小さな頭、小さな脳髄で考えるいのちではない
この“御いのち”。
結局これこそ、“仏の御いのち”。天地いっぱい、鳥も草も、私もあなたも、彼も彼女も、大きな地球も、そしてもっと大きな太陽もそして、そして宇宙時空も、天地いっぱい みな一つに融けあう“仏の御いのち”。
 まがいもなく“この生死(しょうじ)は すなわち仏の御いのちなり”。このことを終始一貫、興正師は一生の求道の総決算として、詩の形で、後に続く我々に語りかけて下さっているように私には思えるのですが、皆様はいかがでしょうか。

― 今月をもって内山興正師“御いのち抄”珠玉の言葉集を一応の区切りと致します。また、来月から、次なる いのちの言葉を求めて、探索の旅を続けたいと思います。有難うございました。―
                                     (HP作成者)

◎今月の言葉(2006年5月)

内村鑑三著「所感十年」から

―我が神―
 悲しきときは、貧する時にあらず、国人に棄てらるる時にあらず、孤独この世に存在する時にあらず、無学を以て人に(わら)はるる時にあらず。悲しき時は、我が心の眼に神が見えずなる時なり、我が霊魂が欽慕する者の面が疑ひの雲を以て蔽はるる時なり、その時、我が(くら)は充つるも我に歓喜なし、我が名は万国の民の讃ふるところとなるも我に満足あるなし、わが(こうべ)の上に太陽は照るも、我は(ひと)り暗夜をたどるが如き心地するなり。我れ我が神を見失うて、我は死せると同然なり、我の愛するもの、我の恋い慕う者、我の生命よりも貴きものは我が神なり。

−上掲文中の“振り仮名”も「所感十年」による−


 以前、4度ほど登場していただいた内村鑑三氏のことばを、今月からまた、味あわせていただこうと思います。前回は主として「所感十年」の一つのテーマであった「患難」についての彼のことばから感想を述べさせていただきました。今月からは、もっと広く「所感十年」全体から、その、厳として存在する内村なる高峰の裾野を、こころゆくまで辿ってみたいと思います。
 今月は「所感十年」の最初のテーマである「神」について、私の心を揺さぶる部分を取り上げてみました。
“悲しき時は、貧するときにあらず、・・・”で始まる、この小テーマ「我が神」の一節、これは、まことに生涯かけてキリスト教信仰に生きた内村の心の核心を述べたものでしょう。よく、世間には“私は無神論者です。”と、こともなげに言われる人たちがいます。わたしは、それはそれで、まことに恐るべき立派さであると、そのように言える人を、ある種、畏敬の念を持って見ています。これは、決して私の皮肉ではありません。しかし、私には、この「無神論の私」という虚無の存在には、とても耐える力がありません。だからといって、花咲き乱れる「極楽」の掌の上のあの世が、この世と同じように存在するとも信じれないのですが、しかし、逆にいうと、この現実なる時空の全て隅々までを、そのまま、それだけのものと信じることもできないのです。なにか、もっとその奥に真実がある。それを内村は「神」と信じたのだと思うのですが、どうでしょうか。そして、人は死ねば“虚無”になる、それで納得し、まったく戦慄しない人は、それはそれで立派だと思うのですが、私は違います。私は、人が死ねば、この世の連続のような“極楽”に行けるとも思えないけれども、少なくとも上に述べたような“真実”を考えるとき、全くの虚無ではなく、その“真実”に行く、すなわち、そこが行き着くところ、吸収され、救いとられるところだと思うのです。そして、更に思うことは、当然のことながら、その“真実”は私が生きている今も、脈々と働き続けているともいえるのです。
 いずれにしても、「所感十年」は今も、私の心のふるさとでありつづけています。                                      (HP作成者)

◎今月の言葉(2006年6月)

内村鑑三著「所感十年」から

―無きもの―
 我に我あるなし、神、我にありて働き給ふ、我に我が言辞(ことば)あるなし、我が言辞は神の言辞なる聖書なり、我はすでに無きものにして、我のいま生けるは、我が生けるにあらずして、キリスト我にありて生けるなり。(ガラテヤ書2章20節)

−上掲文中の“振り仮名”も「所感十年」による−


 信仰にあるものは、その信仰の何たるかを問わず、どこかでこのような心の状態にあるものだと私は思います。このことは、現実の世界にいま生きる信仰者の心の拠り所でもあります。内村はまた別のところで、こうも記しています。「我れ事をなすにあらず、これをなさしめらるるなり、我は神の奴隷なり、機械なり」(「所感十年」ー「神」ー「偉業」より)、そして、彼は最後にガラテヤ書におけるパウロの言葉を自らの言葉に重ねて記します“我のいま生くるは、我が生けるにあらずして、キリスト我にありて生けるなり”と。これが信仰者の喜びの根源であり、勇気の根源であり、自己犠牲の根源でもあるに違いありません。仏教でも、よく無の自覚とか、無なる自己ということをいいますが、内村の“我に我あるなし、神、我にありて働き給ふ”という言葉は、内村のタイトルにもあるように、逆に言えば、信仰による無なる自己の表白であり、実現であるといってもいいでしょう。ここに私は大きな宗教的自覚の喜びを感じます。しかし、ここで、心しなければならないことは、平凡なる人間である我々が、神による無なる自己を振舞っていると思っているうちに、いつの間にか、醜悪なる自己に帰って振舞っていることです。このことを内村ではない、凡人たる我々は自身に常に戒めることが必要であることも付け加えなければならないと思うのです。   (HP作成者)

◎今月の言葉(2006年7月)

内村鑑三著「所感十年」から

―神は愛なり―
  神は愛なり 我らは一度は死ぬときまつてをる、しかし神は愛である。我らの愛するこの日本国の亡ぶることがあるかもしれない、しかし神は愛である、天は()けくづれ、地とその中にある物はみな()けつくるであらう。しかし神は愛である、神は愛であるから、我らは何が来てもこわくはない、我らはただ知る。すべての事は神を愛する者のためにことごとく働きて益をなすことを。(ロマ書八章二八節)

−上掲文中の“振り仮名”も「所感十年」による−


 はじめに申し上げねばなりませんが、わたしは「愛」とか「愛する」ということばは苦手なのです。どうもこのことばは自分にふさわしいことばのように思えないのです。なぜなら、自分を振り返ってみて、自分以外の存在をほんとうに「愛する」という行動をいままでとったことがあっただろうかと、ほんとうに人を愛したことがあるんだろうかと、はなはだ心もとない思いがよぎるからです。だから、はっきり眼を上げて、「愛」とか「愛する」ということばを使えないのです。
 しかし、この内村の「神は愛なり」ということばには、はっきりと肯けるし、そのとおりだと何のわだかまりもなく言うことができます。なぜなら、神は人間ではないからと簡単に言うこともできますが、それよりも、何よりも、まず神は我われの存在、宇宙全体の存在の根源であると思うからです。我われをかく在らしめ、宇宙をかく在らしめている根本的根源。私の心もとない憶測ですが、内村も、きっとこのことを感じていたから、上掲のようなことばを連ねたのだと思います。内村の言う「我らの愛するこの日本国の亡ぶることがあるかもしれない、しかし神は愛である」ということばは、大変きついことばです。大変言いにくいことばです。しかし、内村の心の中には、あえてそれを言わしむる、絶対的、根源的な神への信仰があったからではないかと思うのです。だから、「天は()けくづれ、地とその中にある物はみな()けつくるであらう。しかし神は愛である。」とはっきりと内村は言ったのでしょう。  そして内村は最後に、「我らはただ知る。すべての事は神を愛する者のためにことごとく働きて益をなすことを」とロマ書八章二八節を引用していいます。ところが、そこでまたむくむくと、私の心の隅でつぎのような思いがよぎります。はたして自分は、内村のように、こんなにも心底から、神を「愛する」ことができているのだろうかと・・・。これは大変困ったことですが、しかし、また、こうも思います、内村と同じでなくとも、この内村のような思いがなければ、私もまた生きていけないのではないかと・・・。         (HP作成者)

◎今月の言葉(2006年8月)

内村鑑三著「所感十年」から

―活けるキリスト―
 キリストは過去の人物ではない。彼は今の救ひ主である。彼は史上の聖人ではない。常にいます権力(ちから)の神である。ナザレのイエスは今は在天のキリストである。キリストにしてもし今いまさざる者ならば、彼は我らの救ひ主ではない。我らは死せし過去の人物を我らの救ひ主として仰ぐ者ではない。我らは、死して(よみがえ)り今は父の右に坐して宇宙を()べ給ふ活ける真の神につかふる者である。(明治37年6月)

−上掲文中の“振り仮名”も「所感十年」による−


  イエス・キリストの復活ということは、我々のようなクリスチャンではない一般の人間にはなかなか信じがたいことですが、鑑三のこの文章を読むと、比較的自然にこのことを理解できるような気がします。すなわち、当然のことですが、ひとえに、これは真摯なキリスト教信仰によって体験的に納得できる事柄であるといえます。これはパウロによる「もはやわれ生くるにあらず、キリストわが内(うち)にありて生けるなり」ということばに端的にあらわれていると思うのですが、内村においても、内村の全てがキリストによる、キリストによって生かされているという彼の体験があったからだと思うのです。キリストが内村にありて生きている。このように受け取れば、私のような一般人にも、イエス・キリストの復活ということがはっきりと頷けるのです。そして、この内村の信仰があってこそ、上の文章の如く「我らは、死せし過去の人物を我らの救ひ主として仰ぐ者ではない、我らは、死して甦り今は、父の右に座して宇宙を統べ給ふ活ける真の神につかふる者である。」といとも自然に言えるのだと思うのです。       (HP作成者)

◎今月の言葉(2006年9月)
内村鑑三著「所感十年」から

―キリストの奇蹟力―
  「我は我に力を與ふるキりストによりすべての事をなし得るなり」
(ピリピ書4章13節)
 我はキリストによりて、我が未来永劫ゆるすこと能わずと信ぜし我が讐敵をも、たやすくゆるし得るなり。我はキリストによりて、我がこうむしり侮辱を忘れ、痴者の如くになりて、 我が敵人をも我が恩人の如くに愛し得るなり。我はキリストによりて、怨恨なるものを我が心の奥底より絶滅し得るなり。我は我が心にこの大奇蹟のほどこさるるを見て、キリスト の神性を疑わんと欲するも得ず。(明治36年9月)


 これらの言葉は、まさにキリストによって生きる内村鑑三の心の内をなんの強がりや誇張もなく、ごく自然に表現したものであろうと思います。鑑三も普通の人間である限り、とても 許すことが出来ない侮辱を受ければ、烈火のごとく怒り、その敵人を、完膚なきまでやっつけたい気持ちは起こったであろうと思います。しかし、キリストによって生きる鑑三は、その 侮辱に対するに“痴者のごとくになって、これを許すのみならず、我が恩人の如くに愛することを得る”といっています。通常の人間であれば、できないことです。また、道義的に これをなそうとする人は、歯を食いしばり、意気込んでこの侮辱の苦痛を、その人の思う愛に変えるかもしれません。しかし、鑑三はそのような道徳的突っ張りや、意気込み努力に よらずにこれをキリストによりなしうると言っているものと私には思えます。それならお前も同じように出来るのか?と問われれば、とてもその自信はありませんが、もし真の信仰に よれば、次のようなことはいえるのではないかと思えます。すなわち、自己の根底を支える崇高なる何者かによって生かされていると自覚するならば、それが“キリスト”であっても、また 仏教的にいえば如来であっても、それによって生かされているという自覚があれば、その自己にまつわって起こる全てのことがらにたいして、苦楽ともにそれが“神のみこころ”とも “如来のおてまわし”ともとることで、ふんばりや突っ張りや意気込みなく、ある意味でおだやかにそれを認め受け取ることが、ひょっとすればできるのではないかと思うのです。 たとえば、それが、やがて誰にも来る“死”を前にしても、それを自らの根底をなす神仏のおてまわしと受取って、納得することもありうるのではないかと思うのです。 そのことは“生死を超える”といった大げさな踏ん張りではなく、“生死を納得する”とでもいうべきことがらではないかと思うのです。そして内村の言葉をもってすれば そのこと自体が、キリストによりほどこされる我が心におこる大奇蹟であるというのです。わたしはこの様な奇蹟であれば、それはすぐにでも認め納得しうる奇蹟ではないかと まさに超自然的に信仰によって起こされる奇蹟ではないかと思うのです。  
                  (HP作成者)

◎今月の言葉(2006年10月)
内村鑑三著「所感十年」から

―慕わしきキリスト―
   キリストを道徳上の教師と見て、キリスト教ははなはだ厭うべきものとなる。何故となれば、彼の教うるところはあまりに理想的にして、肉なる弱き我らの到底及ぶところではない ことをさとるからである。しかしながらキリストを罪人の救い主と見て、キリスト教は非常に慕わしきものとなる。何故となれば、かかる救いは我らが何よりも要求するところのもの であって、これあれば、汚れたる我らも多少聖き生涯を送り得べしとの確信が我らの心に湧き出づるからである。我はまことに教師としてのイエスを仰ぐのではない、罪人の救い主 としての彼にすがるのである。(明治37年6月) −「所感10年」56p−


 宗教的信念に燃えて世のため人のために尽している人びとの行いは、まことにすばらしい聖なる行為です。例えば困っている人々に対して献身的に奉仕する。世の不正義、貪欲、 あらゆる社会悪に対して敢然と抵抗し闘うこと。宗教的信念によって、そのように止むに止まれず行う行為はまことに世を照らす行いであると誰もが納得するところです。 しかしここで、ひるがえって思えることは、だからすなわち“宗教的人間は道徳的に善である”という考えがもしあるならば、これは違っていると思うのです。宗教的人間 こそ、おのれの人間悪に心底から愛想を尽かしている存在ではないでしょうか。パウロも自らを罪人の頭(かしら)であるといい、わたしは自分ののぞむ善は行わず、望まない悪を 行っている。と言っています。内村も自らの善性に絶望した罪の人であると自覚しているからこそ、神の救いに自らの命を託するのではないでしょうか。親鸞も自らを振り返って、 「悪性さらにやめがたし、心は蛇蝎の如くなり」といい、自らの悪をなげきつつ、そのような自分を救いとろうとする如来の本願に全霊を投げ打ち帰命しています。
 総じて、宗教と 罪の問題を論ずることは、大変難しく、齢いくつになっても軽々に論ずることが出来ないものだということが、この文章を書くことによってよくわかりました。 したがって、私自身、上記のパウロや親鸞のことばをひたすら、おのれの命の 灯火とし、明日を生きていくと言う以外にないのだということがよくわかりました。
 本年5月から、内村鑑三著「所感10年」の中から、感ずるところある彼の言葉を味あわせて いただきましたが、ここで一度、「所感10年」を離れ、来月から、 また新しい「ことば」 の探索に進みたいと思います。ただし、「所感10年」を味わうのはこれで終わるのでなく、 またこの続きを近い将来に味わっていきたいと思っている のですが、ひとまずここで小休止としたいと思い ます。
(HP作成者)

◎今月の言葉(2006年11月)
兵頭正堂著「大道抄」から

「みこころのままに」というのはどうか。
これらすべては大肯定の言葉だ。
この世のすべてが空しいから、すべてを肯定するという
極限の智慧である。
「みこころのままに」ということがよくわかったら助かるだろうと思う。
リクツがいやでも聖書をいやだというわけには行くまい。

「わが神 われを捨てたもうか」という絶叫がたしかにわかるか。
われを生かすものは我を殺すものだ。
われを捨てるものにゆだねつくすことが宗教の極限ではないか。

病気が治らねばならぬというのは窮屈だ。
治っても治らんでもよい。
神のみ心のままにまかせれば助かる。
天国へ行かねばならんのでは縛られる。
天国でも地獄でもよいとなったら助かる。
天国は案外退屈で地獄の方が面白いかもしれないではないか。
友人達が戦場で死んだ。私は生きながらえて生き恥をさらしている。
死ぬ者貧乏なら申しわけがない。二、三十年長生きしても同じ事だから ゆるされるのだと思う。
不生不滅というのは、永遠の生命ということだ。
キリストも言っている。十年の生命も百年の生命も同じ事だ
ということだ。
何かこの世で事業をして青史に名を遺すというようなことではない。
そういうことなら、
ヒットラーにまさる永遠の人はいないことになるだろう。
何も出来ない凡夫でよいのだ。
凡夫も永遠の生命を生きている自覚が存る。

 地球も太陽も生れていなかった昔から生きているものがある。
地球が冷えつくして人間が居なくなっても尚生きているものがある。
大宇宙永遠の生命である。  
−「大道抄」133〜134p−

 上記の文は、瀕死の病人に「助かるとはどういうことか」ときかれて、著者自身にはとても こたえる力はないと自覚しながら、それでも何とかして助かってほしいと思い、 何かすばらしい先人の教えや自己の発想ははないかと苦心惨憺し、病人の安心立命に 資することばを探した結果の表白だと思うのです。ちなみに、この瀕死の病人は聖書にも よく眼を通している人物であるが、なかなか、他者の意見を簡単には受け入れない、 シニカルな考えの持ち主でもあることは、本書の他の部分で著者も述べています。  上掲の文章は、そのような状況下で著者が一心につむぎだしたことばの結集であると いえます。
 ところで、この著者の表白の中で、真っ先に私の目を引きつけたのは、
「わが神われを捨てたもうか」という絶叫がたしかにわかるか。
われを生かすものは我を殺すものだ。
われを捨てるものにゆだねつくすこと、これが宗教の極限ではないか。」
と述べている ところです。「わが神、われを捨てたもうか」という著者の表現は、言うまでもなく、 新約聖書新共同訳によれば、マタイによる福音書27章46節の「わが神、わが神、なぜわたしを お見捨てになったのですか」という十字架上のイエスのことばです。そして著者は言います。 「われを生かすものは我を殺すものだ」と。これこそ、人類をはじめ、すべての生きとし生けるもの に対する神の意思であることは間違いありません。そしてこの我を生かし、同時に我を 殺す(捨てる)ものにすべてをゆだねつくすことが救いの極限ではないか。と著者は言います。 この表現を見るまで、私自身、マタイの福音書のこの部分のイエスの言葉に対するいろいろ な解釈に共感できるものを見つけることは、なかなか困難だったのですが、著者兵頭氏が 瀕死の病人の安心立命を願って必死に述べているこの考えには全面的に納得できるものが あるように思います。  この部分以外の上の文における著者のことばについては、わたしのくどくどしい解釈 は、いうまでもなく不必要で、お読みいただいく方々のご感想にお任せする以外に何も ありません。
(HP作成者)

◎今月の言葉(2006年12月)
兵頭正堂著「大道抄」から

存るかとみれば消えてしまう。
うたかたの如き存在です。
本来の夢幻と感得するほかはない。
かくの如くあらしめ、かくの如く消滅せしめるものを
大いなる生命と感得する。
生かしめるものは死なしめるものである。
われを抱くものはわれを殺すものである。
われを死なすものにゆだねつくすことを
真の救済という。帰依という。
大自然にゆだねつくしてはじめて定まり安んずる。
 
−「大道抄」21〜22p−


 はじめの3行は我々人間のはかないいのちのことを言っているのでしょう。 必ず死すべき存在である人間、この逃れることの出来ない定めに人間は絶望します。 先日京都に紅葉を求めて行きました。大徳寺に行きました。何に驚いたかといいますと その寺域の広さに驚きました。たしかに過去の権力者や富貴者がこの広大な寺域の 建設と維持に貢献したのでしょう。しかし、この広大な寺域をかく有らしめたおおもとの 理由は、やはり人間の自己の死についての絶望に起因しているのではないでしょうか。 その意味で、釋迦もイエスも、そして数多くの祖師たちも、この絶望を深刻に 味わった存在であったのだと私は思います。この絶望が宗教の依ってたつところの 根本であって、やれ家内安全だ、招福祈願だといったようなことがらとは真の宗教は 無縁のものであることはいうまでもないでしょう。  しかし兵頭氏はいいます。「かくの如くあらしめ、かくの如く消滅せしめるものを 大いなる生命と感得する」 と。私は、いままで生かされて生きる存在としての自分 は感得することはありました。しかし兵頭氏はいいます「生かしめるものは死なし めるものである」そして「われを抱くものは われを殺すものである」と、なるほど そのとおりで、小さなわれを生かしめ、時々刻々活動する絶対無限の大いなるいのちは 同時にまた、この小さなわれを、いつかは死なしめ、悠久のときを刻んでいく。 この大いなる存在にゆだねつくすこと、これ以外に、わたしのありようはないのだと つくづく思うほかはないようです。
(HP作成者)