◎今月の言葉(2007年1月)
兵頭正堂著「大道抄」から

大いなる全体は
大いなる生命体である
虚空は生きておる

大いなる母は
多くの生命を生む
星は生きておる
光は生きておる
人間は生きておる
万物は生きておる

大宇宙永遠の生命存り
不生不滅
不可思議の世界である

人間有限の頭脳で
解釈する事なかれ
感受するのみである

不可思議を不可思議とせよ
無限なるものを
有限なるものではかるなかれ

われは一個の星である
悠々
大宇宙空間に生きておる
大いなる生命と
呼吸を同じくして生きておる
一体のままに生きておる
−「大道抄」
12 15 p−

 兵頭氏の“宇宙の詩”はまだまだ続きますが、今月はこのくらいで止めましょう。 星も光も虚空も生きていると感得する兵頭氏。兵頭氏の心の根源はここにあるのは確かです。 私見ですが、この根源は親鸞聖人が帰命尽十方無碍光如来と讃嘆された宗教的真実にも 通じるものと思われます。
 現代科学は宇宙創成のビッグバン説を出して、それを、客観的に証明しようと活発に 活動しています。もしそのことが成功し科学的に隅々まで説明できたとして、私たちは それで全て納得し安んずることができるのでしょうか。ともあれ、虚空は生きていると 感得し、この大いなる生命との一体感を讃える兵頭氏の宗教的真実に私は打たれるのです。  このような次第で、2007年の正月が来てしまいました。しかし兵頭正堂氏の 生命讃歌をなお少し探索したいと思っています。
(HP作成者)
◎今月の言葉(2007年2月)
兵頭正堂著「大道抄」から

弱肉強食の摂理あり
万物流転の大法あり

水清くして魚棲まず
清く正しく美しく
あこがれて道を失なう

清濁併せ呑んで
大海は大海の如く澄む
人間は常によろめく

己を聖となすものは
必ず虚仮に陥いる
聖凡不二
仏魔不二
その大道如何

己の天賦に安んずべし
天啓に随順すべし
天惠に謝すべし
天餌によりて生かさるべし
天示をしかと視よ

全否定は全肯定に通ずる
来るものは凡て甘受せよ
すべてを天与と知るのみ
−「大道抄」
15 17 p−

 この詩は、先月掲げた詩にほぼ続く部分です。 大いなる生命と呼吸を同じくして一体のままに生きていると感得する兵頭氏ですが 同時に今月の冒頭の部分のように、その大いなる生命であるこの大宇宙に “弱肉強食の摂理"と“万物流転の大法”があることを述べています。  大宇宙の理法は決して清く美しきものばかりではない。 キリストも言っています“われは地に平和を投ぜんために来たれりと思うな、 平和にあらず、反って剣を投ぜん為に来たれり”と。  最近の政治討論などを聞いていると、政治家は常に己を善とし、相手を 悪ときめつけて論争を展開しようとしています。それを聴く視聴者は 必ずしも己を正義として論争を展開しようとするものにのみ喝采するほど 愚かではないと思います。過去の幾多の戦争が己を正義とし、敵を悪の根源として 多くの命の犠牲を強いたではないでしょうか。
 己を聖となすものは必らず虚仮におちいる。我々はこの兵頭氏のことばをよくよく 味わって生きるべきだと思います。
 兵頭氏の著になる書物「大道抄」には、まだまだ味わうべきことばが数々ありますが すべてはただ一つ、大宇宙の大いなる生命と一体のままに生かされて生きるという自覚から きていることばだとおもいます。昨年内山興正氏のところでも申し上げたと思いますが すべての宗教的真実から出たことばの根源は一つであろうと思うのです。したがって 「こころのページ」ではこのあたりでひとまず兵頭正堂氏の「大道抄」の紹介は終わりにし、 来月からまた新しいいことばの探索に向かいたいと思います。  
(HP作成者)
◎今月の言葉(2007年3月)
浄土真宗 礼拝聖典 正信偈和讃より

[第1段]
彌陀成佛(みだじょうぶつ)のこのかたは
いまに十劫(じっこう)をへたまえり
法身(ほっしん)の光輪きはもなく
()の盲冥をてらすなり

[第2段]
智慧の光明 はかりなし
有量(うりょう)の諸相ことごとく
光暁(こうけう)かふらぬものはなし
真実明(しんじつみょう)に帰命せよ

[第3段]
解脱の光輪きわもなし
光觸(こうそく)かふるものはみな
有无(うむ)をはなるとのべたまふ
平等覚に帰命せよ

[第4段]
光雲无碍如虚空(こううんむげにょこく)
一切の有碍(うげ)にさ()りなし
光澤(こうたく)かふらぬものぞなき
難思議(なんじぎ)を歸命せよ

[第5段]
清浄光明ならびなし
遇斯光(ぐしこう)のゆ()なれば
一切の業繋(ごうけ)ものぞこりぬ
畢竟依(ひっきょうえ)を歸命せよ

[第6段]
佛光照曜最第一
光炎王佛となづけたり
三塗の黒闇ひらくなり
大応供(だいおうぐ)を歸命せよ
     正信偈和讃は浄土真宗で仏前のお勤めとしても漢文の正信偈とともに常に称される親鸞聖人が創られた和讃です。 和讃は親鸞聖人が、ご自身の信心を多くの人々に少しでもわかりやすく伝えるために創られたものですが 後に正信偈とセットで唱えることにより、より多くの人々に浄土真宗の信心を味わってもらおうと、 親鸞聖人が創られた、たくさんの和讃の中から、蓮如上人が、お選びになって刊行されたものだと聞いています。 正信偈本文は漢文ですが、それでもよくよく味わって読みますと、そのすばらしい宗教的内容に打たれるのですが、 正信偈のあとに、なむあみだぶつの多くの念仏と共にでてくるこの6つの和讃を唱え読みますと、さらにわかりやすく、 親鸞聖人ご信心の歓びが直接に伝わってきます。
 今月から上記の6つの正信偈和讃について、決してその一語一語の学問的解釈や高度な宗教的解説(また、 そのようなことが、一市井人の私に出来るはずもありませんが) ではなく直感的に感じた讃嘆の気持ちを表す意味で、 述べてみたいと思います。ですから、仏教の専門家にはとてもできない、各和讃に順に[第1段]〜[第6段]の段落とも いえる項目をつけました。
 それではいよいよ第1段ですが、「彌陀成佛のこのかたは、いまに十劫をへたまえり・・・」にはじまるこの段で 法身となられた阿弥陀如来の無限の慈悲、無限の光明をたたえています。   そして第2段、「智慧の光明 はかりなし」の詩においても、 「阿弥陀如来の智慧の光は無限であって、有限の我々人間も含め、生きとし生けるもの、 有りとし有りうるものすべてことごとくがこの如来の智慧の光に抱きとられないものはない」このように、この第2段で 親鸞聖人は如来の無限の光を讃嘆されています。そして第3段で「解脱された阿弥陀如来の光の輪は時間的にも 空間的にも無限の大きさを持つがゆえに、この慈光を浴びて、その中に抱きとられている私たちは皆、有无を離れている、 すなわち生とか死とか、生きているものの最大の関心事、死の無限の恐ろしさといったものから、離れられる、解放される。 生きとし生けるものが、もれることなく平等にそのことに覚醒し、気づかせられる。」 ざっとこのように私は第3段も受取らせていただくのです。さてここで、現代人の我々には、なぜそのように無限の智慧の 光明を信じることができるのかということですが、これは、正確に述べようとすることは私には出来ませんし、また、科学的になど とてもそれを解釈することはできないことなのですが、自分が今ここに有るということ、そして宇宙がなぜかここにあると いうこと、この不思議さを直感すれば、親鸞聖人が感じられたことは、すっと我々にも感じられると思うのですが どうでしょうか。長くなりましたので今月はこのぐらいでとどめることにし、来月、更に後半の第4段以降に 考えを進めたいと思います。        

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◎今月の言葉(2007年4月)
浄土真宗 礼拝聖典 正信偈和讃より

[第1段]
彌陀成佛(みだじょうぶつ)のこのかたは
いまに十劫(じっこう)をへたまえり
法身(ほっしん)の光輪きはもなく
()の盲冥をてらすなり

[第2段]
智慧の光明 はかりなし
有量(うりょう)の諸相ことごとく
光暁(こうけう)かふらぬものはなし
真実明(しんじつみょう)に帰命せよ

[第3段]
解脱の光輪きわもなし
光觸(こうそく)かふるものはみな
有无(うむ)をはなるとのべたまふ
平等覚に帰命せよ

[第4段]
光雲无碍如虚空(こううんむげにょこく)
一切の有碍(うげ)にさ()りなし
光澤(こうたく)かふらぬものぞなき
難思議(なんじぎ)を歸命せよ

[第5段]
清浄光明ならびなし
遇斯光(ぐしこう)のゆ()なれば
一切の業繋(ごうけ)ものぞこりぬ
畢竟依(ひっきょうえ)を歸命せよ

[第6段]
佛光照曜最第一
光炎王佛となづけたり
三塗の黒闇ひらくなり
大応供(だいおうぐ)を歸命せよ
 今月は正信偈和讃について、その後半を味わうべく、同じ全6首をもう一度、今月のことばとして掲載しました。  さて、この1ヶ月の間に、私や、私の家族にとって、大激変がありました。永年、業病に取り付かれ、今もその病の ために起こる発作の恐怖にさらされている姉が、その発作を抑えるために70有余年飲み続けてきた薬のために 重い胆嚢と肝臓の腫瘍に侵され、もう回復の希望が持てない状況が続いています。姉は、この幼時からの業病のために、この世の 幸せというものを、ほとんど知らずに82歳の現在まで結婚もできず、子供もなく過ごしてきました。何が悲しいか、それはいうまでもなく なぜこんなに救いなく人生を過ごさねばならなかった姉が、最後にこんなに病に苦しみながら死んでゆかねばならないのか。 そして、何が腹立たしく、最低なのか、これはその姉と72年間一緒にそばで暮らしてきた自分がいかに姉のことを考えもせず のうのうと暮らしてきたか。自分のことだけしか考えずに、そのくせ、この悲惨な障害者の姉に対して一応の保護者づら までして、生きてきたか。この極悪は語ればきりがないほど、あとからあとから、私の念頭に浮かんできます。 私に値する事柄は何か、それは絶望です。すべての救いからの絶望こそ、姉への仕打ちの報いとして受けねばならない ただ一つのことです。 光雲无碍如虚空 一切の有碍にさわりなし 光澤かふらぬものぞなき この難思議にこんな自分が 帰命できるのでしょうか。親と一緒に住んでいる頃から、姉は損ばかりをし、私は得ばかりをしてきました。 一つ違えば、私が姉の経験をしなければならなかった身が。何の因果か姉は損を取り、私は得をとり奪ってしまったのです。 清浄光明ならびなし 遇斯光のゆえなれば 一切の業繋ものぞこりぬ 畢竟依を帰命せよ。 私も既に72歳です。 やがて往きます、姉も私も父と母の居る、私たちがもといたところへ。念仏しかありません。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。 罪と身勝手と絶望を背負って、南無阿弥陀仏は唱えられるのでしょうか。三途の黒闇は開かれるのでしょうか。 なまじっかな救いなど、私にはあり得るはずがありません。また、あってはいけないのです。地獄は一定すみかぞかし。 まさにこれしかありません。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。      

(HP作成者)

◎今月の言葉(2007年5月)
真宗聖典 「愚禿悲歎述懐」より

浄土真宗に()すれども
真実の(しん)はありがたし
虚仮(こけ)不実のわが身にて
清浄(しょうじょう)(しん)もさらになし

外儀(げぎ)のすがたはひとごとに
賢善精進(けんぜんしょうじん)現ぜしむ
貪瞋邪偽(とんじんじゃぎ)おおきゆえ
姧詐(かんさ)ももはし身にみてり

悪性(あくしょう)さらにやめがたし
こころは蛇蝎(じゃかつ)のごとくなり
修善(しゅぜん)雑毒(ぞうどく)なるゆえに
虚仮(こけ)(ぎょう)とぞなづけたる

 
 
 親鸞聖人はどのような生活状況の中から上のような和讃をつくられたのでしょうか? 私はそれが知りたいです。先月から姉の病状は一見良いように見えます。 しかし、ホスピスの先生は厳しい判断を下しています。わたしは、その内容をいま文章であからさまにここへ書く気にはなれません。これは姉の尊厳を卑しめる ことでもあると思うからです。だから、親鸞聖人の比類なき信のよろこびを表白した和讃をいまここに表示させていただくことはできないのです。そうです、いま、親鸞聖人の和讃からここに表示できるのは 正像末和讃の中にある『愚禿悲歎述懐』しかありません。その中の冒頭の3首を今月は表示させていただきました。親鸞聖人はここで、自己の救いようの無い 醜悪な状態を赤裸々に表白されています。これは絶望しかない私の今の状態を示しておられるように思えて仕方がありません。親鸞聖人の教えしかないように 思っている自分は、先月にも述べましたように醜悪そのもの、その醜悪な自己が同時に姉の保護者面をして“賢善精進”しているような気分になる瞬間がある。 まさに、姧詐ももはしが身にしみついているこの自分、これこそ、「蛇蝎」そのものの業にほかなりません。虚仮の行状にほかなりません。 姉はこのまま一生を終わらねばならないとしたら、いったい救いはどこにあるといえるのでしょうか。
 昨日、ふと考えました。“自分がどれだけのことをしてきたのか”ということをです。姉はたしかに社会的には全く無力、全くなすところはなかった。しかし ひるがえって考えてみると、それでは自分はどれだけのことをしてきたのか。社会の片隅で、ちまちま何か仕事として社会的なことをしてきたような気に なっているが、それがどれだけのものなのか? 大宇宙の永遠の時空から考えると、姉の一生も、私のしみったれた一生も何の変わりも無く、どちらも無に等しい。 やがてもうすぐ82歳の姉も、72歳の私も、命終し、もといたところに帰って行くでしょう。このように考えると、空しさと同時に、ほっとしたような 気にもなります。しかし、ここであらためて、想起することは、姉の悲痛も私の無慚無愧も少しも変わることなくマクロに時空に記録され、永劫に残るもので あるということです。このことははっきり明記しておかねばならないと思うのです。      

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◎今月の言葉(2007年6月)
真宗聖典 「愚禿悲歎述懐」より(2)

小慈小悲もなき身にて
有情利益(うじょうりやく)はおもうまじ
如来の願船いまさずは
苦海をいかでかわたるべき

蛇蝎姧詐(じゃかつかんさ)のこころにて
自力修善(じりきしゅぜん)はかなうまじ
如来の廻向(えこう)をたのまでは
無慚無愧(むざんむき)にてはてぞせん

無慚無愧(むざんむき)のこの身にて
まことのこころはなけれども
弥陀の廻向の御名なれば
功徳は十方にみちたまう
   
 
 姉はとうとう亡くなりました。死因はは胆嚢癌による死でした。息をひきとる時とその前の1時間ほどは大変安らか でしたが、それより前の時間帯では、かなり苦痛が襲い苦しみました。緩和ケアの医術を尽しても、やはり人間の死の苦痛はそう簡単にとれないものだということを姉は教えて くれました。ふりかえってみれば、姉の一生は闘病の一生でした。胆嚢癌とは別に、姉は、今流行が喧伝されているハシカの後遺症で幼児のころから病苦を背負い、間歇的な 発作に悩まされ、この状態は結局亡くなるまで続きました。まさに業病というしかありません。前も書きましたが胆嚢癌の発症もこの持病への投薬の結果とも考えられます。 この間、ほとんどの期間を共にした私はといえば、姉をおもんばかること少なく、のうのうと我がことに明け暮れ過ごしてきました。なんたる無慚無愧。だすことばもありません。 まことに如来の廻向をたのまでは、無慚無愧にて果てるのでしょう。南無阿弥陀仏。人間が生きることの価値ということを考えます。生きることの価値とはどういうことなのでしょうか。 立派な生き方とはどういうことなのでしょうか。姉は病苦のため一生を通じて社会的な活動、貢献とは無縁でした。しかし、姉は今回の闘病の際、施療してくれた看護師さんたちに 苦痛の中から手を合わせ有難うということがありました。看護師さんたちはそれによって癒されたと言ってくれています。姉は一生を通じて見事に82年間、病苦と闘いました。 これも立派ですばらしい一生であったといえないでしょうか。もと居たたふるさとに還って今、ちちははにそのように報告しているでしょう。懸命に一生を送ったと。 そして、これも4月に書きましたように、やがて私も妻もそれ相当の老年ですから、姉が往ったと同じところへ往きます。無慚無愧のこの私は同じところへは往けないかも知れませんが 如来の廻向をたのみにして、やはり同じところに往きたいです。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。
 この3ヶ月、同じことを書いてきたように思います。ともかくも今月は以上で終わらせていただきます。姉の闘病と死去に関する記事に付きましてもこれで終わります。
 なお、真宗聖典の愚禿悲歎述懐、順番を少し変えさせていただきました。各和讃の番号4、5、6を5、6、4に変えています。 ご了解、ご寛容ください。  

(HP作成者)

◎今月の言葉(2007年7月)
真宗聖典 「正信念仏偈」より

極重悪人唯称仏(ごくじゅうあくにんゆいしょうぶつ)
我亦在彼摂取中(がやくざいひせっしゅちゅう)
煩悩障眼雖不見(ぼんのうしょうげんすいふけん)
大悲無倦常照我(だいひむけんじょうしょうが)


[真宗聖典の訓訳] 極重の悪人は、ただ仏を称すべし。
我また、かの摂取の中にあれども、
煩悩、(まなこ)()えて見たてまつらずといえども、
大悲(ものう)きことなく、常に我を照したまう、といえり。
 
 
 3月以来、親鸞聖人の信心の極致をうたった和讃の数々を味わおうと、勇んでとりかかった当欄ですが、すでに1月から始まっていた姉の病状が4月になるといよいよ 急迫の度を深め、それとともに、物心ついてから、ずっと姉と生活をともにしてきた自らの、姉に対する身勝手な対応の仕方が次々と思い返され、とても、親鸞聖人の 信心の極致を味わう余裕もなくなり、7月が近づいても、この欄に載せるべき言葉に窮し、あせりばかりで、この数日を過ごしてきましたが、結局、以前にも掲載させて いただいた(2001年2月)、上の、正信偈の一節にたどりつく以外に道はありませんでした。極重悪人であり、常に煩悩に(まなこ)()えられているこの自らは、ただ念仏する以外に姉亡き後を生きていく道はないのだと、源信和尚、親鸞聖人が指し示される教えにしたがって 今後の余生を送る以外ないのだということにたどりつくほかありませんでした。仏になった姉は、それこそ千の風になって過去・現在・未来のすべてを見渡しているでしょう。 どうか来月以降も遠き過去から無数にちりばめられているすばらしい人間の言葉を味わいながら生きて行かせてください。
南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏

(HP作成者)

◎今月の言葉(2007年8月)
真宗聖典 正像末和讃より

弥陀(みだ)の本願信ずべし
本願信ずるひとはみな
摂取不捨(せっしゅふしゃ)利益(りやく)にて
無上覚(むじょうかく)をばさとるなり


 姉が亡くなって2ヶ月余が過ぎ、やっと、なんとか、この欄にも通常の文章が書ける気持ちになってきましたので、 やはり3月に始めた親鸞聖人のご和讃からの言葉のかずかずに讃嘆の感想をのべることができそうです。今月はそういった経緯から、真宗聖典、正像末和讃の冒頭、 「康元二歳丁巳二月九日夜寅時夢告云」とまえがきして記されているうたを掲載させていただきました。ところがこれが私にとっては大問題なのです。それは、何かといいますと、 “弥陀の本願信ずべし”と聖人が書かれているこの“本願”がわからないのです。これは大変なことです。親鸞聖人の信心の根本はこの本願を信ずることからすべてが出発しているのですから、 これはもう親鸞聖人を讃嘆し、その生命の言葉を語る資格すらありません。幼少時より現代の科学的思考にどっぷりと浸かって生きてきた私には、『設我得佛、十方衆生、至心信楽、 欲生我国、乃至十念、若不生者、不取正覚、唯除五逆、誹謗正法』。  この浄土真宗の根幹たる仏の本願が、わたしには、このままでは単なる神話、そういって悪かったら、 単なる大昔の物語りとしてしか受け取れないのです。科学的思考は事実は信じますが、物語は物語り以上には信じないのです。これはまた、歎異抄の冒頭に出てくる『弥陀の誓願不思議にたすけまいらせて 往生をばとぐるなりと信じて念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき、すなわち摂取不捨の利益(りやく)にあずけしめたまうなり』。これが納得できないことになります。 これでは、和讃を讃嘆できるどころか、浄土真宗の門前にしばしたたずんで、きびすを返して、すごすご引き下がらなくてはならないことになりましょう。かといって、現代の科学的思考を「科学的思考に 毒されて」などというセリフをはいて簡単にひるがえすことも、とてもできるものではありません。この矛盾を自らの中で、どう考えるべきなのか、先日来、この大問題(わたしにとって)が、 私を悩ませてきました。  そうこうする内、昨夜、柳宗悦氏の岩波ワイド版『南無阿弥陀仏』の最後に、同氏の作による『心偈(こころ うた)』と題した文章に出遇いました。同書の解説によれば、この 『心偈』は 柳氏が晩年病を得て体が不自由になってから作られた短文の偈(うた)とのことです。この冒頭の偈に『今日(きょう)モアリ オホケナクモ』とあり、この後につづく、 これも同氏による「注釈文」に次のような文章がありました。その抜粋文を次に挙げます。 『活きることは、やがて無量の恩に()みることである。これを想えば、一生は謝恩の連続であろう。「オホケナクモ」は、「(かた)ジケナクモ」 とか、「勿躰(もったい)ナクモ」とかいう意味である。ここで存在することは、感謝することになろう。これが分れば逆境もまた光明への道に他なるまい。 ある人は、自らの存在を呪うであろうが、有為転変の習わし、そんなものは一つとして固定してはおらぬ。そう分れば、何所に執着する苦があり、楽があろう。こうして活きているその事が 勿躰ないことなのである。だから今日活きることは、報恩の行として活かすべきである。かくして活きる事の意味を教わる。私はこの句を、この小偈集の序として第一にかかげた。 このたび重病をしたので、なおさらこの真理を味わせて貰った。』  以上のような文である。すなわち、こうして『活きていること』、『存在していること』それ自体が、私が救われていること、すなわち仏の本願が私に行き届いていることではないのか、 だから柳氏はその真実に気づいて、こうして活きていること、存在していることを勿躰ないこと、忝じけないことと感じずにはおれなかったのだと。さらに云うなら 『これがわかれば逆境もまた光明への道である』と柳氏が感得されたように、私に都合のいいことだけが救われていることではない、順境も逆境もすべてを含んで今ここにこうして 宇宙の中に存在していること、その事実こそが仏の本願の働きであり、慈悲であり、救いそのものであると思われるのである。であるならば、私の生死、そのことも、大きな仏の 本願の救いの中に抱きとどめられている事実なのであって、生死も含め、すべてが他力の海の中で行き届いて生滅流転していることであると思えるのです。このように現代人である 柳氏に教えられて、仏の本願をいただくことができるように思ったのです。あらためて、上の和讃をよろこびとともに称することができます。
弥陀(みだ)の本願信ずべし
本願信ずるひとはみな
摂取不捨(せっしゅふしゃ)利益(りやく)にて
無上覚(むじょうかく)をばさとるなり

(HP作成者)

◎今月の言葉(2007年9月)
真宗聖典 現世利益和讃より

阿弥陀如来(あみだにょらい)来化(らいげ)して
息災延命のためにとて
金光明の寿量品(じゅりょうほん)
ときおきたまえるみのりなり

山家(さんげ)伝教大師は
国土人民(にんみん)あわれみて
七難消滅の誦文(じゅもん)には
南無阿弥陀仏をとなうべし

一切の功徳にすぐれたる
南無阿弥陀仏をとなうれば
三世(さんぜ)重障(じゅうしょう)みなながら
かならず転じて軽微(きょうみ)なり

南無阿弥陀仏をとなうれば
この世の利益(りやく)きわものなし
流転輪廻(るてんりんね)のつみきえて
定業中夭(じょうごうちゅうよう)のぞこりぬ

南無阿弥陀仏をとなうれば
梵王帝釈帰敬(ぼんのうたいしゃくききょう)
諸天善神ことごとく
よるひるつねにまもるなり

南無阿弥陀仏をとなうれば
四天大王もろともに
よるひつつねにまもりつつ
よろずの悪鬼をちかづけず

南無阿弥陀仏をとなうれば
堅牢地祇(けんろうじぎ)尊敬(そんぎょう)
かげとかたちのごとくにて
よるひるつねにまもるなり

南無阿弥陀仏をとなうれば
難陀跋難大龍(なんだばつなんだいりゅう)
無量の竜神尊敬(りゅうじんそんぎょう)
よるひるつねにまもるなり

南無阿弥陀仏をとなうれば
炎魔法王尊敬(えんまほうおうそんぎょう)
五道(ごどう)冥官(みょうかん)みなともに
よるひるつねにまもるなり

南無阿弥陀仏をとなうれば
他化天(たけてん)の大魔王
釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)のみまえにて
まもらんとこそちかいしか

天神地祇(てんじんじぎ)はことごとく
善鬼神(ぜんきじん)となづけたり
これらの善神(ぜんしん)みなともに
念仏のひとをまもるなり

願力(がんりき)不思議の信心は
大菩提心(だいぼだいしん)なりければ
天地にみてる悪鬼神
みなことごとくおそるなり

南無阿弥陀仏をとなうれば
観音勢至(せいし)はもろともに
恒沙塵数(ごうじゃじんじゅ)の菩薩と
かげのごとくに身にそえり

無碍光仏のひかりには
無数(むしゅ)の阿弥陀ましまして
化仏(けぶつ)おのおのことごとく
真実信心まもるなり

南無阿弥陀仏をとなうれば
十方(じっぽう)無量の諸仏は
百重千重囲繞(ひゃくじゅうせんじゅういにょう)して
よろこびまもりたまうなり
 和讃は親鸞聖人が念仏の教えをできるだけ多くの人びとにわかりやすく受け取れるようにと作られたもの だそうですが、この現世利益和讃を読むと、聖人が自己の信心の体験に もとづいて、念仏が実際生活の中でどのようなすばらしい働きをするのかということを、何首にもわたる 和讃で、われわれにわかりやすく噛み砕くように、示されています。実際にこれを読むと、私のささやかな過去・現在・未来にわたる生涯を安んじて受け取らせていただくことが できるのです。
 では なぜ一切の功徳にすぐれた南無阿弥陀仏をとなえたならば、三世の重障(一人ひとり、誰もが持っている過去・現在・未来の重い障り、すなわち生老病死の苦悩)もみな軽く 小さな ものになるのでしょうか?、また、昔から言い伝えられている天の神、地の神もみなともに念仏の人を守るのでしょうか。親鸞聖人はこれを体験され、そして人びとに その体験を語ることによって、念仏を薦めておられます。このことも全て親鸞聖人の述べられたこととして、ただ鵜呑みにして、疑わずそのまま受け取って自己の体験とするこ ともありうるでしょうが、私はやはり、このことを現代的に自己の思索と体験の中からとらえなおすことも必要であろうと思うのです。そのために、私はまず南無阿弥陀仏の意味を 考えます。“南無”は“帰する”“帰依する”ということでしょうから、“南無阿弥陀仏”とは阿弥陀仏に“帰する”“帰依する”、すなわち阿弥陀仏と一体となるという意味で しょう。阿弥陀仏とはなにか、これは私は、宇宙の存在そのものであり、その根源でもあり、有無すべてを含んだ根本と考えていますので、南無阿弥陀仏は、その根本と一体と なるということであるととらえられます。いや我々はもともと、その根本と一体なのですから、南無阿弥陀仏を唱えるということは、この一体であることをあらためて確認すると いうことでもあります。 であるならば、梵王帝釈も四天大王も堅牢地祇も難陀跋難大龍等も炎魔法王も、すなわちあらゆる天神地祇はこの宇宙の根本、有無の根源の一部なのですから、根源と一体とな った念仏者を尊敬し、まさに従者としてよるひるつねにまもることになるでしょう。実際に、科学的思考で武装している我々も時として死者の霊といったものを心のどこかで怖いと 思うような時が正直言ってあります。しかし、かりにそれらがあるとしても、これらもみな天神地祇とおなじで大きな存在と存在の根本、有と無の根本たる阿弥陀仏の一部な のですから、南無阿弥陀仏を唱え一体観をもつ私には怖いものではないはずです。「生も我らなり、死もまた我らなり」とはこのことでしょうか。そうなれば、これ以上の幸せ、 ご利益はないはずで、小さな商売繁盛や無病息災などとは比べものにならない絶対的ご利益であると、胸を張っていえるのではないでしょうか。