◎今月の言葉(2008年1月)

生死(しょうじ) (正法眼蔵のことばから)

生死(しょうじ)の中に仏あれば生死なし」

                    −増谷文雄著「現代語訳 正法眼蔵」より−


 昨年11月のこの欄で竹山道雄氏の死後は全てが無であるという大変厳粛な見解を紹介させていただきました。その後、私もこのシビアな言葉について、何度も反芻し考えてきましたが、最近、増谷文雄氏 による「現代語訳 正法眼蔵 生死の巻」の中に上のようなことばがあることを知りました。 考えてみれば、私たちが生まれてくるのも、望んで生まれてくるのではなく、また死も究極的には我々人間の如何ともしがたい事実なので、これを宗教的に考えれば、仏による、あるいは仏の働きで、 仏の方から行なわれることと考える以外にありません。このことを考えれば上の「生死の中 に仏あれば生死なし」のことばも意味のある言葉に思えてくるのです。生死も仏のおんいのちであると こころえれば、生も死も大いなる仏におまかせするという以外に私たちの考える余地はないのではないかと思うのです。すなわち、竹山道雄氏のように生死を人間の側のみから考えれば、生はすべて、 そして死後は無という見解は、まことにそのとおりで我々はこれに異をとなえることはできません。しかし仏によって生かされる、すなわち仏と一体に生きる人間にとっては、生死の中に仏のいのち が通っているわけで、生も仏のおん命なら、死も仏のおん命なので、「生死の中に仏あれば生死なし」とはこのことをいうのではないかと思うのです。 ところが、困ったことに、生死の巻では上の ことばの次に、「生死の中に仏なければ生死に迷わず」というこばが続いているのです。前半の筋道で考えてきた私には、これをどう受け取るのか、正直、混乱してしまいます。この二つのことばは, 道元禅師が、夾山(かつざん)定山(じょうざん)という二人の禅師のことばとして紹介し、すぐれた禅師のことばであるから、 生死をはなれたいと思う人はこのことばをよく窮めるべきだと述べておられるのです。こうなると、生死について、またふりだしに戻って、どう受け取るべきかわけがわからなくなります。 ところで増谷文雄氏はこの部分の注解として、[この二人の禅師のことばは、もと「景徳伝燈禄巻七 大梅山法常伝」にみえているが、そこにはつぎのように記されている。 「夾山与定山同行言語次、定山云、生死中無仏即非生死。夾山云、生死中有仏即不迷生死」とある。]と紹介しておられます。この二つのことばを道元禅師は、生死の巻で紹介されたのでしょう。 これを私は次のように和訳したいと思います。定山云『生死の中に仏なければ生死に非ず』、夾山云『生死の中に仏あれば生死に迷わず。』、更に私はこれを次のように現代語で受け取りたいのです。 「生死の中に仏がなければ、それは生死に値しない」そして「生死の中に仏があれば生死に迷うことがない」と。これは、勝手な受け取り方なのでしょうか。矛盾したように思える二つのことばに 混乱してしまった私に、この「景徳伝燈禄巻七 大梅山法常伝」にみえる定山・夾山の元のことばを紹介してくださった増谷氏に私は感謝のほかはありません。そしてあらためて 『生死の中に仏あれば生死なし』を心の中で反芻するのです。

(HP作成者)

◎今月の言葉(2008年2月)

−増谷文雄著「現代語訳 正法眼蔵」より−

自己をはこびて万法を修証(しゅしょう)するを迷とす、

万法すすみて自己を修証するはさとりなり。

迷を大悟するは諸仏なり

悟に大迷なるは衆生なり。

さらに悟上に得悟する漢あり、迷中又迷の漢あり。

(現成公案より抜粋)


                    

 先月の「正法眼蔵 生死の巻」に引き続いて、今月からしばらく増谷文雄師の「現代語訳 正法眼蔵」を頼りに、素人の 「正法眼蔵探索」をはじめたいと思います。もとより難解中の難解と評される「正法眼蔵」ですが、素人が味うことができてこそ価値ある古典とも言えるのではないでしょうか。 手探りのこの素人の味わいの旅が苦いものになるのか、見当はずれのものになるのか、もし、これをお読みいただく方がお有りならば、どうか、ご辛抱の上、お付き合いくださ い。  そこで、先ず、この世界的名著「正法眼蔵」に一歩足を踏み入れたとたんに出遇うのが「現成公案」です。増谷氏は、その解説の中で「現成公案の巻こそ『正法眼蔵』の数おおい 巻々のなかにあっても、まさに白眉となし、圧巻のものといって、けっして過言のとがめを受ける懼れはあるまい」と述べておられますが、まことに共感このうえなき思いをいだく者 は私一人ではありますまい。その「現成公案の巻」にあって、これまた最大のインパクトをもって私たちに語りかけることばが、上に挙げた一節です。 この一節の前半部は、2000年の4月にもこの「こころのページ」に揚げさせていただいていますが、まさに自力の仏教といわれる日本禅の開祖のことばのなかに他力の真髄の思想が 込められているように思えるのは不思議といわざるを得ません。増谷師の現代語訳によれば「自己をおしてよろずのことどもを計るのは迷いである。よろずのことどもの来って自己を証しするの が悟りである。」とありますが、まことに自己の生まれ来たった経緯、いや、現に今生きているそのこと自体が、自らが計って呼吸し、心臓をうごかしているのではないという事実を 見るだけで、このことは、現に今ある事実として私を納得させてくれるものであります。それを、悟りを得んとして自らの力で七転八倒の苦行をし悟りをさがしあるくことの無意味さ は、すでに遠き昔、苦行の無意味さに気づかれた釈尊が菩提樹下で差し出された一杯の牛乳に悟りを完成されたことで示されています。現代において「悟り」ということばはある意味 でいやな響きをもっています。例えば「悟りすます」などとやや揶揄したような形でいわれるように。では、そもそも「悟り」とはいかなる状態なのでしょうか。これはやはり宗教的 境地として、かの一遍上人が述べた「となうれば仏もわれもなかりけり 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」と宗教的極致に自己を発見したように、また、キリスト教でいえば、かのパウロ がガラテヤ書において「最早われ生くるにあらず、キリスト我が内にありて生くるなり」とイエス・キリストに自らを没入しおえたように、宗教的信に自らを発見した境地のことを いうのではないかと思うのです。このように考えると、悟りという境地は自らが計って得られるものでは決してなく、万法すすみて自己に修証されるものであることは、言を待ちます まい。したがって煩悩の迷いのある中で大悟している人もあり、また悟りを得んと迷いに迷う人もある。信仰の極致においてもなお信仰に徹しようとするように、悟った上にも悟る人 もあり、真の信仰を捜し歩いて、さらに迷う人もある。道元の透徹した境地が指し示すところは、まさに宗教的真実を鋭くまた深く指し示すところでもあると思うのです。

(HP作成者)

◎今月の言葉(2008年3月)

−増谷文雄著「現代語訳 正法眼蔵を読む」より−

仏道をならふといふは、自己をならふ也。
自己をならふといふは、自己をわするるなり。
自己をわするるといふは、万法に証せらるるなり。
万法に証せらるるといふは、
自己の身心および他己(たこ)の身心をして
脱落せしむるなり。

(現成公案より抜粋)


                    

 先月の「自己をはこびて・・」は増谷氏によれば '万古にひびく名言 'でしたが、今月のことばも同じ現成公案の中にならぶ 有名なことばです。道元はここでも 真に'仏道をならう'とはどのようなことであるかを自らの体験を元に、噛んで含めるように順序だてて説いています。私見をもっていえば、'仏道をならう'とは人生をならう ということでしょう、それは人生に納得することでしょう。自己の生死に納得することでしょう。すなわちそれは'自己をならふ'ことだと道元はいいます。 そして、'自己をならふ'とは'自己をわするる'ことであるといいます。なかなか自己を忘れることはできません。自己は常に自分に付き纏います。努力して自己をわすれることなど なおさらできるわけがありません。努力すればするほど自己は付き纏います。道元はそれを'万法に証せらるるなり'とします。'万法に証せらる'、難しいことばですね。増谷氏はそれを「よろずの ことどもに教えられる」と現代語訳されています。そして道元禅師は最後に"万法に証せらるるとは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり"と結論します。"身心脱落"。これこそ まさに道元禅の真髄であり、坐禅を体験しなければわからないことでしょう。坐禅の実体験のない私などに、このことは実感としてわかるべくもありません。しかし、たとえ坐禅はしなくとも、念仏者の 中にも、この身心脱落を実体験した人はあるのではないでしょうか。「自己とは他なし、絶対無限の妙用に乗托して任運に法爾に、この現前の境遇に落在せるもの、即ち是なり、只だ夫れ絶対無限に 乗托す。故に死生の事、亦た憂ふるに足らず。死生尚ほ且つ・・・」と体得した清沢満之のことばにもあります。また、先月の「となうれば 仏もわれもなかりけり、なむあみだぶつ、なむあみだぶつ」 としたのは一遍上人であり、また、「もはや われ生くるにあらず、キリスト我が内に在りて生くるなり」としたパウロのことばでもあります。さらに歎異抄における「念仏は まことに浄土にむまるるたねにてやはんべるらん、地獄に落つべき業にてやはんべるらん、総じてもて存知せざるなり。たとひ法然上人にすかされまひらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに 後悔すべからずさふらふ」といい放った親鸞の心境であり、これも道元と同じ地平において「身心脱落」を顕すことばではないでしょうか。

(HP作成者)

◎今月の言葉(2008年4月)

−増谷文雄著「現代語訳 正法眼蔵〔一顆明珠(いっかみょうじゅ)〕」より−

【原文】
いま道取する尽十方世界、是一顆明珠(ぜいっかみょうじゅ)、はじめて玄沙にあり。その宗旨(そうし)は、尽十方世界は、 広大にあらず、微小にあらず。方円にあらず、中正にあらず。活潑潑(かつぱつぱつ)にあらず、露廻廻(ろかいかい)にあらず、 さらに生死去来(しょうじこらい)にあらざるゆゑに生死去来なり。恁麼(いんも)のゆゑに、昔日曽此去(しゃくじつぞうしこ) にして而今従此来(にこんじゅうしらい)なり。究弁するに、たれか片片(へんぺん)なりと見徹するあらん、たれか 兀兀(こつこつ)なりと撿挙するあらん。
 尽十方といふは逐物為己(ちくもついこ)逐己為物(ちくこいもつ)の未体なり。情生智隔(じょうしょうちかく) を隔と道取する、これ回頭換面(かいとうかいめん)なり、展事投機(てんじとうき)なり。逐己為物のゆえに、未休なる尽十方なり。 機先の道理なるゆゑに、機要の管得(かんとく)にあまれることあり。


【増谷文雄師による現代語訳】
〔尽十方世界ということ〕
 この「尽十方世界は、これ一顆の明珠である」という表現は、玄沙のはじめて吐いたことばである。この大旨をいわば、尽十方世界とは、広大というにもあらず、微小というにもあらず、 まるい四角いというにもあらず、中正なりというにもあらず、活潑潑地というにもあらず、炯々(けいけい)として明らかというにもあらず。 あるいは、生死(しょうじ)にもあらず去来(こらい)にもあらぬがゆえに、生死・去来である。そのゆえに、昨日は去り、今日は来る。 つまるところ、あれだこれだと見ることもできないし、これだあれだと挙げていうこともできない。
 つまるところ、尽十方というは、客体を追うて主体となし、主体を追うて客体となし、その尽くるところを知らぬのである。情が生ずれば智は遠ざかる。これを「隔」と表現する。 頭をめぐらして面をかえる。その時、事を()べ、機に投ずるのである。主体を追うて客体となすがゆえに、尽くるところを知らぬ尽十方なのである。 いまだ機の発せざる(さき)の道理をうれば、機のかなめを支配するにあまりあるのである。

(正法眼蔵「一顆明珠(いっかみょうじゅ)」より原文と現代語訳を抜粋)

                    

 いよいよ、正法眼蔵の難解さが筆者には手におえなくなってきました。原文はもとより、現代語訳においても普通の現代文を読むようには、即理解できるしろものではなさそうです。それでも、ここには原文と現代語訳しかありませんので、その両方を増谷本からそっくり転載させていただくほかありませんでした。あとは、ごくわずかの、これも増谷師による[注解文]をたよりに、おもいきって 筆者の解釈を以下にのべる以外にありませんでした。以下はまことに奇妙な筆者の解釈ですが、お読みいただきご批判いただければ、幸甚です。(批判にも値しなければ「何をかいわんや」ではありますが・・)。
 筆者はこの一顆明珠(いっかみょうじゅ)の文を読んだとき、直ちに思ったことは、これは、いやこれこそ、まさに、現代の科学的宇宙論と同じことを云っているのではないか、ということでした。 増谷師もこの[一顆明珠]の 劈頭の「開題」で「この十方世界のことごとくが、まさに[一顆]の明珠であるというのである。[顆]とは粒(つぶ)というほどの意のことばである。[明珠]とは、いうまでもなく、まろやかにして光り 輝けるものであり、古来、人のもっとも尊重するところである。しかるに、いま玄沙師備(げんしゃしび)は、この全世界を一 (あく)して 、それは一箇の明珠であると表現したのである。」と述べておられますが、上掲の原文を増谷師による現代語訳を参照しながら読めば、まことに、この[一顆明珠]は宗教的に現代の宇宙論と同じ事を述べていると思われるのです。 道元禅師は劈頭で衆に示して「この一顆明珠という表現は中国福州の僧「玄沙」がはじめて吐いた言葉である。」とし、ここで道元禅師はそのいうところは、尽十方世界は広大とも微小とも円いとも四角いともいえないし、 中正(筆者はこれを「中身が充実して確固不動のもの」ととらえました)であるともいえず、魚が跳ねるように活潑潑なところでもなく、まことに露廻廻、すなわち炯々(けいけい)としてくまなく明らかであるというのでもないと云っておられますが、最先端の科学的思考をもって説明している膨張宇宙の宇宙創成論も、つづまるところ超微小な粒から超巨大に膨張し続けている宇宙、それは円いのやら、四角いのやら、結局のところそのような次元は超えていると結論づけられるのではないでしょうか。すくなくとも現代科学が述べている宇宙論は、要するに宇宙時空がどうしてここに、どのような意味を持って存在しているのか、すこしも知り分かるところのものではない。現代の宇宙論も宇宙の存在理由を究極では説明できていないのであって、 このことは中国の僧、玄沙がいう一顆明珠の説明と結果的には、同じなのだと、筆者には思えるのです。そしてここで、道元禅師は、この宇宙の実相を、この宇宙に存在する我々人間も含めすべての生命をも含めた尽十方界を対象 として「さらに、生死去来(しょうじこらい)にあらざるゆゑに生死去来なり。」と云います?? これはなかなか、わかりにくいですね。いや正直なところ、禅の公案ではありませんが、その“いろは”も ない筆者ですから、その言葉の意味たるや筆者の理解を超えています。しかし、あえて筆者の暴言を許していただけるなら、つぎのように捉えることもできるのではないでしょうか、「‘生死’というものは一如であり区別なく、 '去来'すなわち、万物は流転するけれども、しかし尽十方界には変わらぬ‘宗教的真理'がある。しかし、また、われわれの現実には生死があり、一刻も休まぬ変化流転がある」と。さらに重ねて道元は「昔日は既に去り、今がここにある」と云います。そしてさらに云うなら、今は瞬時に昔日となっていくというわれわれが実感する宇宙・生命のいとなみがあります。そして、道元はひとつの結論として、「究弁するに、たれか片片(へんぺん) なりと見徹するあらん、たれか兀兀(こつこつ)なりと撿挙するあらん」、増谷訳でいえば「つまるところ、あれだこれだと見ることもできないし、これだあれだと挙げていうこということもできない」となります。現代の科学的宇宙論も膨大なデータと科学的考察による膨張宇宙にしても、ビッグバンにしても、宇宙創成の現象面を述べているのであり、科学的成果は尊重しなければなりませんが、所詮、宇宙存在の真髄・真理は、結論的には、わからないということではないでしょうか。
 さて、このあとの、現代語訳でいう「つまるところ、尽十方界というは・・・」以下についても、道元禅師の究明はまことに鋭く興味津々、これをお読みいただいている方がありましたら、この後半の部分にも、いろいろな 宗教的想像と見解ををたくましくして、その深い意味を汲み取っていただけるところがあるのではないでしょうか。従いまして、筆者の暴論はこのくらいにしておきます。




◎今月の言葉(2008年5月)

−増谷文雄著「現代語訳 正法眼蔵〔谿声山色(けいせいさんしょく)〕」より

【増谷文雄師による原文和訳】
谿声(けいせい)はすなわちこれ広長舌(こうちょうぜつ)
山色(さんしょく)清浄身(しょうじょうしん)にあらざるなし
夜来(やらい)の八万四千偈
他日いかんが人に挙似(こじ)せん

【増谷文雄師による現代意訳】
谿たに)の声はそのまま仏の説法にして
山の姿は清らかな仏身にほかならぬ
夜半にききえたる八万四千偈は
さていかが人にかたればよいものか


 今月の〔谿声山色(けいせいさんしょく)〕も、先月の一顆明珠も、私は同じ感性より出た、自己や自然の「存在」に対する宗教的なことばであると受取っています。我々を取巻く山川草木、あるいは太陽をはじめ、満天に輝く星々、そしてそれを見る我々自身、何の変哲もない当り前の事柄であると思えば、そのとおりです。しかし、西の空に沈む太陽ひとつをとって見ても、これをじっと見て、これはいったい何なのかと問うこと、これは、自己をみつめて、自己とはなんぞやと問うことと同じく、そこには当り前ではない存在そのものの宗教的な気づきがあるはずです。これこそ山川草木悉有仏性であり、いにしえの人々は既に早くそれに気づいています。渓谷の水が流れる音を聞いて、それをそのまま仏の説法と受取る、目の前にそびえる山の姿を見て、それを仏の姿と見る、このことは即、自分を含んだ宇宙の存在そのものの宗教性を感得することであるといえないでしょうか。その意味で、科学的基盤から成り立っているとはいえ、現代の宇宙論も、それを宗教的に捉えるとき、そのまま、現代の宗教的経典そのものたり得るといえますし、自己を含め身のまわりの存在そのものが、それを宗教的に観るとき、そのままでそれは現代の経典であるといえるでしょう。「夜半に聴きえたる八万四千の偈をどのように人に語ればよいものか」と自問することが、存在そのものを、仏の経典であると感得し、人に語り伝えようとする宗教的実存の姿であろうと思うのです。

(HP作成者)

◎今月の言葉(2008年6月)

−増谷文雄著「現代語訳 正法眼蔵〔発無上心〕」より

【原文】
釈迦牟尼仏言
「明星出現時、我与大地有情、、同時成道」

【増谷文雄師による現代意訳】
〔大地有情、同時成道ということ〕
釈迦牟尼仏は仰せられた。
「かの明星が出現した時に、わたしと大地や生きとし
生けるものは、みな同時に成道した」


 先月の「谿声山色」 以後の正法眼蔵の文章も難解でなかなか歯が立たないわけなのですが、私の感性がインパクトを与えられた文章の一部でもここに述べさせていただくことができればと、今月は第6巻の「発無上心」から原文とともに、 増谷師が〔大地有情、同時成道ということ〕と題して現代意訳された部分を取り上げさせていただきました。宗教的感性に無関心の時には、山は山、草木は草木、人は人、自分は自分、これらはそれぞれ独立した別々の ものと思われるかもしれません。しかし、世の中の辛酸を多少なりとも舐めるにしたがい、これらは大きな絆で社会的にも相互依存の関係で存在していることがわかってきます。さらに、その極致として、 宗教的な感性からすれば、釈迦牟尼仏が成道されたときに、ご自身が成道されただけでなく、そのとき同時に大地や生きとし生けるものすべても同時に成道したということは、まことにそのとおりだと頷ける気がするのです。 宗教的な成道にいたる前は、大地も、草木も、人々も別々のものとして存在し、その中で、自分に役に立たないものには無関心、害を及ぼすものは抹殺してしまいたい存在であったものが、宗教的な成道のあとは、 それらもすべて肯定され、ともに生きるいのちとなる、いや、すべての存在がこの自分も含め一体となる。山川草木悉皆成仏とはこのことなのではないでしょうか。ちなみに成道によく似たことばに廻心があります。 成道とは釈尊が悟りをひらかれたこと、また、悟りをひらき仏となることを指し、廻心とは今までの心をひるがえして信仰や信心の道に入ることであり、釈尊の成道と同じとはいえません。 成道はとてもわれわれ平凡人の及ぶところではありません。しかし、法然が万巻のお経に接したあげく、あるとき善導の「観経疏」にある「一心に専ら弥陀の名号を念じ、行住坐臥に時節の久近を問わず、 念々に捨てざるもの、是を“正定の業(しょうじょうのごう)”と名づく。彼の仏の願に順ずるが故に」のことばに出遇い‘偏に善導’の人となったこと、親鸞が六角堂に100日参籠した暁に法然を生涯の師として 浄土教に帰依したこと、あるいはキリスト教では使徒行傳第9章にあるようにパウロがダマスコに向かう途中啓示を得て突如キリストの信仰に帰したことなど、深い信仰の極致へいたることを廻心というならば、 これも限りなく成道に近い意味として捉えることができるのではないでしょうか。さすれば、廻心の暁には山川草木悉皆成仏がまのあたりの事実として経験することもありうるのではないかと思われるのです。

(HP作成者)

◎今月の言葉(2008年7月)

−増谷文雄著「現代語訳 正法眼蔵〔神通〕」より

かくのごとくなる神通(じんづう)仏家(ぶっけ)茶飯(さはん)なり。
【原文】
 かくのごとくなる神通(じんづう)仏家(ぶっけ)茶飯(さはん)なり。 緒仏いまに懈倦(げけん)せざるなり。<中略>
大潙(だいい)禅師は、釈迦如来より直下三十七世の祖なり、<中略>
 大潙あるとき()せるに、仰山(ぎょうざん) 来山す。大潙すなわち転面向壁臥す。
仰山いわく、「慧寂(えじゃく)これ和尚の弟子なり、形迹(ぎょうせき)もちゐざれ」
大潙おくるいきほひをなす。仰山すなはちいづるに、(ちょう)して、「寂子(じゃくす)」とめす。仰山かへる。 大潙いわく、「老僧ゆめをとかん、きくべし」
仰山、かうべをたれて聴勢をなす。
大潙いわく、「わがために原夢せよ、みん」 仰山、一盆の水、一条の手巾をとりてきたる。大潙つひに洗面す。洗面しをはりてわづかに坐するに、香厳(きょうげん)きたる。
大潙いわく、「われ適来(てきらい)寂子と一上の神通をなす、不同小小なり」
香厳いわく「智閑(しかん)下面にありて、了了に得知す」
大潙いわく、「(なんじ)、こころみに道取すべし」
香厳すなはち一椀の茶を点来す。
 大潙ほめていはく、「二子の神通智慧、はるかに鶖子(しゅうじ)・目連よりもすぐれたり」
 仏家の神通をしらんとおもはば、大潙の道取を参学すべし。不同小小のゆゑに、作是学者、名為仏学、不是学者、不名仏学なるべし。 嫡嫡相伝せる神通智慧なり、さらに西天竺国の外道二乗の神通、および論師等の所学を学することなかれ。<中略>
 これ仏神通なり、仏向上神通なり。この神通をならはん人は、魔外(まげ)にうごかさるべからざるなり。 経師論師はいまだきかざるところ、きくとも信受しがたきなり。二乗外道・経師論師等は小神通をならふ、大神通をならはず。
 諸仏は大神通を相伝す。これ仏神通なり。仏神通にあらざれば、盆水来手巾来せず。転面向壁臥なし、洗面了纔坐(さいざ)なし。 この大神通のちからにおほはれて、小神通等もあるなり。大神通は小神通を接す、小神通は大神通をしらず。<中略>
 この大神通はしかあらず。諸仏の教行証、おなじく神通に現成せしむるなり。仏神通にあらざれば、諸仏の発心・修行・菩提・涅槃いまだあらざるなり。
 いまの無尽法界海の常不変なる、みなこれ仏神通なり。

【増谷文雄師による現代意訳】
 いまより語ろうとする神通は、仏者にとって日常茶飯のことであり、もろもろの仏はいまもこれを怠ることがない。<中略>
 大潙禅師は、釈迦如来からまっすぐ数えて三十七世の祖である。<中略>
 あるとき、その大潙が横臥していると、そこに仰山がやって来た。それをみて、大潙は、面をめぐらして 壁の方をむいた。
仰山がいった。「わたしは和尚の弟子でございます。ご遠慮なさらぬともよいではありませんか」 大潙はいささかひるむ色があった。
 やがて、仰山が出てゆこうとすると、大潙は起きあがって、「おお、慧寂よ」と呼びとめた。仰山はかえってきた。そこで大潙はいった。「わしは、いま夢をみていた。ひとつ聞いてくれ」 仰山は頭をさげて聞いていた。すると、大潙がいった。「では、いまの夢を解いてもらおうか」 すると仰山は、つと立ちあがって、盆に水をいれ、手巾をそえて持ってきた。大潙はそれで顔を洗った。
 洗面をおわって、やっと坐ったところに、香厳がやってきた。大潙はいった。「いましがた、わしは、慧寂と、一場の神通を行じていたところだ。ちっぽけな神通ではないぞ」
香厳がいった。「わたしは、あちらの室にありまして、よく判りました」
大潙はいった。「では、そなた、こころみに言ってみるがよい」
すると香厳は、一碗の茶を()てて来た。大潙は褒めていった。
「そなたたち二人の神通の智慧は、はるかに舎利弗・目犍連よりもすぐれている」。
 仏家の神通をしろうとするならば、この大潙のことばをよく学ぶがよい。まず「ちっぽけな神通とはちがう」という。だからこれを学ぶのが仏教を学ぶというもの、これを学ばずしては仏教を学ぶとは いえないというのであろう。つまり、仏祖の相伝してきた神通の智慧なのである。これを()いて、別に、西の方天竺の外道や小乗のやからのいう神通や、あるいは、 論師などの学ぶところを学ぶべきではない。
 これは仏の神通であり、仏となる神通である。この神通をならおうとする者は、悪魔・外道に心うごかされてはならない。それは経師や論師のたぐいのいまだ知らざるところであり、聞いてもおそらくは 信じがたいであろう。小乗の徒や、外道・経師・論師などは、ただ小神通をなろうて、大神通をならわないのである。ただ、もろもろの仏だけが大神通を保持し、大神通を相伝する。それが仏の神通である。 仏の神通がなかったならば、一盆の水も来らず、一条の手巾も来らず、また、うとうとと壁に面を向けて眠ることもなく、面を洗いおわってやっと坐につく場面もないのである。この大神通のちからを (こうむ)って、小神通などもあるのである。だから、大神通は小神通を包摂する。だが、小神通は大神通をしらないのである。 しかるに、この大神通はそうではない。もろもろの仏の教法も修行も証得(さとり)も、すべてこの大神通によって実現せしめるのである。仏神通でなかったら 諸仏の発心・修行・菩提・涅槃も実現しないのである。
いま、このかぎりなき世界の常にして変わらざるも、みなそれは仏の神通である。


  【HP作成者感想】  今月は、また、大変長文の引用になりました。どうしても、これだけの文を引用しないと、説明がおろそかになりますので、やむを得ずの長文引用になりました。あらためてご了承ください。
 また、原文だけでは、とても私の手に負えませんでしたので、いつものように、同時に参照させていただいている増谷文雄師の現代意訳も勿論添えて、読み進めることといたしました。  そして、この長文は何を云わんとしているか、すでに上の文で、お読取りいただいている方もあろうと思いますが、いわゆる宗教に往々にして付随する、今でいうところの「奇蹟」についての道元の 見解がここで示されています。それをここでは『神通』ということばを使って表現していますが、道元禅師はこれをいきなり、「神通の巻」冒頭で“かくのごとくなる神通は、仏家の茶飯なり、緒仏いまに 懈倦(げけん)せざるなり。”と、ずばりと言い放っておられます。いまでいう「奇蹟」は仏家の日常茶飯事としていくらでもやっているという意味でしょうか。「奇蹟」 など、仏家にとって珍しくもない、ということでしょう。 このことは、あとになって、なるほどとわかってきましたが、道元禅師は、さらに言います、西天竺国の外道二乗の神通、経師・論師の なすところの神通は小神通である。すなわちこれら外道がおこなう、この世にあらざる「奇蹟」は、たとえ、それがあるとしても、ちっぽけな小神通であり、仏家が日々行じている神通は大神通であって、 価値の上で比べ物にもならないとでも言いたげです。ではその大神通とは何か、これがすなわち、大潙と弟子の仰山や香厳とのやりとりででてきた一盆の水や一条の手巾(「おてふき」とでも言えばいいでしょうか) を持ってくること、或いは、うとうとと壁に向けて眠ったり、顔を洗うという、ごくありふれた、奇蹟でもなんでもないことを行うこと、これが大神通だというのです。「大神通」というからには「大奇蹟」 これ以上ない、大神通、すなわち「一大奇蹟」であるというのです。ここでやっと我々は気づきます。この当たり前のことこそが『大奇蹟』なのだと、今、現に生きている我々現代人にとっても 日常当り前のことこそが、なによりも、『一大奇蹟』なのだと、考えても見てください、この世の存在、すなわちこの時空の存在、これをわれわれは当り前のことと思っていますが、この時空の存在 そして、私の存在、この根本が我々ははたして判っているのでしょうか。科学者はいいます、百数十億年前に、微小な1つの点からこの時空はビッグバンによって存在するようになったと そして、それの結果として、今ここに、私という人間が存在する。このビッグバン宇宙創成論が正しいとすれば、これこそ、われわれの常識を超えた『一大奇蹟』といわずに何というのでしょうか。そして、その結果できた日常世界において 現在われわれはそれを日常のこととして過ごしています。この大奇蹟がなかったら、一盆の水も、一条の手巾も手にすることができず、壁に向かって眠ることも、顔を洗うことも、できないであろうと 大潙も云い、道元も思索しているのであろうと思うのです。

(HP作成者)

◎今月の言葉(2008年8月)

−増谷文雄著「現代語訳 正法眼蔵〔仏祖と大悟〕」より

大悟現成(たいごげんじょう)し、不悟至道(ふごしどう)し、
省悟弄悟(しょうごろうご)し、 失悟放行(しつごほうぎょう)す。
【原文】
 仏仏の大道、つたはれて綿密なり。祖祖の功業(くごう)、あらはれて平展なり。このゆゑに、大悟現成し、不悟至道し、省悟弄悟(しょうごろうご)し、 失悟放行(しつごほうぎょう)す。これ仏祖家常なり。挙拈(こねん)する使得十二時あり、抛却する被使十二時あり。さらにこの関棙子( かんれいす)を跳出する弄泥団(ろうでいだん)もあり、弄精魂もあり。大悟より仏祖かならず恁麼現成(いんもげんじょう) する参学を究竟(くぎょう)すといえども、大悟の渾悟(こんご)を仏祖とせるにはあらず、仏祖の渾仏祖を渾大悟なりとにはあらざるなり。 仏祖は大悟の辺際を跳出し、大悟は仏祖より向上に跳出する面目なり。

【増谷文雄師による現代意訳】
 仏祖の大道は綿々として間断もなく伝えられ、そのすぐれた業績は坦々(たんたん)として到るところに顕れている。ある時には、大いなる悟りを顕現し、ある時には、悟らずして 道に至り、ある時には、悟りを省みてこれを拈弄(ねんろう)し、またある時には、悟りを放却して自在の境地をあそぶ、それが仏祖たちの常日頃のならいである。つまり、 悟りを()ねまわして時を用うることもあれば、悟りを()げすてて時に身をまかせることもあり、さらにいえば、そのときのからくりから 跳び出して、悠々として山河大地とあそび、わが身心とあそぶこともある。したがって、詰まるところは、仏祖はかならず大いなる悟りによってここに到るものと学ぶべきではあるが、しかも必ずしも、大悟の渾然と まどかなるをのみ仏祖とするでもなく、また、仏祖の渾然としてまったき仏祖をのみ完全なる大悟とするわけではない。むしろ、仏祖はしばしば大悟のほとりから遠く跳び出すのであり、また、大悟というものには、 はるかに仏祖をこえて超出するおもむきがあるのである。



  【HP作成者感想】 この大悟の巻も難解です。しかし、この〔仏祖と大悟〕の部分を読んで、峻厳極まりない道元禅師に、このような見解もあるのかと、なんとも云えない親しみをもってこの文章を読ませていただきました。 また、さもありなんという思いも、同時に湧いてくるのでした。と申しますのは、大悟した仏祖がゆるぎない悟りの境地にあるのは間違いないことであるが、しかし時に、悟りを、ああでもないこうでもないとこね回して時を費やす こともあり、更には “失悟放行”、つまり、悟りを失ったがごときふるまいをすることもあり、さらに極めつけは、“不悟至道”悟らずして道に至る、すなわち悟っていないような状態で、しかも禅道を極め大悟していると 述べていることです。つねに大悟徹底した振舞いを自己の内外で持続し、微塵もゆらぐことがない、このような悟りは、まるで“悟り”をインプットされセットされているロボットなら言えるかもしれませんが、それは生きた人間の 悟りなのでしょうか。いみじくも、そのことを、道元は、 関棙子(かんれいす)を跳出する弄泥団(ろうでいだん)もありとしています。 関棙子(かんれいす)とは、増谷師に依れば、まさに当時の機械(からくり)をさすそうですが、いいえて妙、人間の悟りのあるべき様は、まさに大悟徹底の中にあって、時に “失悟放行(しつごほうぎょう)”し、時に“省悟弄悟(しょうごろうご)”して悩み、“不悟至道”でありながら、しかも金剛不壊の立脚地である大悟に ある人こそ、真の仏祖というべきであろうと思うのです。

ちなみに、ご参考までに、原文にある難解語について、増谷師による注解および、中村元師著「仏教語辞典」からの解釈により、下記に記します。
・仏祖:仏教の祖である釋尊をさすばあいもあるが、この場合は釋尊の道を正しく体得した立派な禅僧
関棙子(かんれいす):関はかんぬき、棙はぜんまい、したがって錠前とか機械(からくり)とかいう意
・泥団:泥のかたまり。それによって、ある時は人を意味し、またある時は山河大地をゆびさす

(HP作成者)

◎今月の言葉(2008年9月)

−増谷文雄著「現代語訳 正法眼蔵〔光明〕」より−

尽十方界、是 ()沙門 ()全身。

【原文】
大宋国湖南長沙招賢(ちょうしゃしょうけん)大師、上堂 ()示衆 () ()

尽十方界、是 ()沙門 ()眼。
尽十方界、是 ()沙門家常 ()語。
尽十方界、是 ()沙門 ()全身。
尽十方界、是 ()自己 ()光明。
尽十方界、在 ()自己 ()光明裏 ()
尽十方界、無 ()一人 ()(あらざる) ()自己 ()

(中略)

生死去来(しょうじこらい)は光明の去来なり、
超凡越聖(ちょうぼんえつしょう)は光明の藍朱なり、
作仏作祖(さくぶつさそ)は光明の玄黄なり。
修証はなきにあらず、光明の染汙(ぜんな)なり。
草木牆壁(しょうへき)・皮肉骨髄、これ光明の赤白なり。
煙霞水石・鳥道玄路、これ光明の迴環なり。
自己の光明を見聞するは、値仏の証験なり、見仏の証験なり。
尽十方界は是自己なり、是自己は尽十方界なり。廻避の余地あるべからず。

(中略)

而今の髑髏(どくろ)七尺、すなわち尽十方の(ぎょう)なり、(しょう)なり。
仏道に修証する尽十方界は髑髏(どくろ)形骸(ぎょうがい)皮肉(ひにく)骨髄(こつずい)なり。
【増谷文雄師による現代意訳】
 湖南長沙(ちょうしゃ)招賢(しょうけん)大師は、ある時、上堂して衆に示していった。
「十方の世界はことごとく沙門の(まなこ)である。
十方の世界はことごとく沙門の日常のことばである。
十方の世界はことごとく沙門の全身である。
十方の世界はことごとく自己の光明である。
十方の世界はことごとく自己の光明の中にある。
十方の世界はことごとくが一人も自己ならざるものはない。」
(中略)
生まれ来り死して去るのも光明の去来である。
凡を超え聖を超えるというも光明の彩りである。
仏となり祖となるというのも光明の色彩のことに過ぎない。
修行する証得するということがないわけではないが、それもまた光明のいたすところである。
草木といい牆壁といい、あるいは皮肉といい骨髄というも、
すべて光明の赤きであり白きである。
山水に霞たなびき、鳥飛んで天にいたるも、みな光明のめぐらすところである。
自己の光明を見聞するは、仏に()えるしるしであり、
仏に(まみ)えるあかしである。
けだし十方の世界のことごとくが自己であり、
この自己こそは十方世界のすべてであって、もはやそれを避けて通る余地はありえない。
(中略)
詮ずるところは、この髑髏をささえる七尺の身が、
とりもなおさず全世界のすがたであり形である。
仏道においていうところの尽十方世界とは、
この髑髏・形骸・皮肉・骨髄のほかにはないのである。



  【HP作成者感想】  難解な正法眼蔵にすこしでも触れようとする私としましては、この膨大な道元の悟りの書の中から、自分の感性でとらえることができる、そして自分の感性が感応するところがある箇所についてのみ 語るほかはないのです。そしてこの「正法眼蔵〔光明〕」を披見するに及んで、まず眼に焼きついてきたのは
尽十方界、是 ()沙門 ()全身。
ということばであり、
生死去来(しょうじこらい)は光明の去来なり、
ということばでした。
 思うに、我々にとって永劫の時間、そして無限の空間からなるこの大宇宙の存在は、たとえそれが137億年まえのビッグバンによる生成であったとしても、 まったく、その全体が一大奇蹟のあらわれであり、不可思議の妙用としか言いようがありません。 これをあたりまえのこととして済ましていますが、(いやしく)も智と感とを具備して、なおもこれを”あたりまえのこと”と済ましてしまうのは (けだ)し迷倒なのではないでしょうか。それではこの一大不可思議の中にある自己とは何なのでしょうか、すなわちこれはとりもなおさず 尽十方界すなわち時空を包括した大宇宙の妙用そのものであり、大宇宙の眼であり、全身であり、光明の中にある自己なのではないでしょうか。あとは、上の【原文】と増谷師による 【現代意訳】をお読みいただくだけで、智と感とをもって、ご納得いただけるのではないでしょうか。(今月は意外に簡単なメッセージで済ますことができました。)
 ちなみに、上記の【原文】および【現代意訳】にある”沙門”とは仏道に生きる者のことであり、その後に表現されている”自己”の意味と同じと考えていいのではないでしょうか。

(HP作成者)

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◎今月の言葉(2008年10月)

−増谷文雄著「現代語訳 正法眼蔵〔三界唯心〕」より−

【原文】
三界唯一心
心外無別法
心仏及衆生
是三無差別


一句の道著は一代の挙力(こりき)なり、 一代の挙力は尽力の全挙なり。
たとひ強為の()なりとも、云為の為なるべし。
このゆゑに、いま如来道の三界唯心は、全如来の全現成なり。全一代は全一句なり。
三界は全界なり、三界はすなわち(しん)といふにあらず。
そのゆゑは三界はいく玲瓏(れいろう)八面も、なお三界なり。
(中略)
このゆゑに、釈迦大師道 ()「今」此 ()三界 ()皆是 () () (ナリ)、其 () () 衆生 () () ()吾子 (ナリ)
いまこの三界は、如来の我有なるがゆゑに、尽界みな三界なり。
三界は尽界なるがゆゑに。
今此は過現当来なり。過現当来の現成は、今此を罣礙(けいげ)せざるなり。
今此の現成は、過現当来を罣礙するなり。
【増谷文雄師による現代意訳】
釈迦牟尼仏は仰せられた。
「三界とはただ一つの心である
心のほかにまた別のものはない
心といい、仏といい、衆生というも
その三つは別のものではない」
この一句の表現は、如来一代の総力をあげてなれるものである。
一代の総力を挙げるということは、如来の力をこぞって余すところなきをいうのである。
それは、凡夫にとっては、無理をしてやっとできることであるが、
仏にとっては、それがおのずからにしてそうなるのである。
だからして、いま如来がいう「三界唯心」とは、如来のさとれるすべてである。
一代のすべてがこの一句に結晶しているのである。
 そのさんがいとは、すべての世界のことである。
けっしてこの三界がそのまま心であるというのではない。
なんとなれば、この三界は、どこから見ても、あくまでも明らかになお三界である。
(中略)
だからして、また釈迦牟尼仏はおおせられた。
「いまこの三界は、みなこれわがく(もの)なり。
その中の衆生は、ことごとくこれわが子である」
いまもいうように、この三界は如来にとって「わが有」であるから、
この世界のすべてが三界である。
三界がこの世界のすべてであるからである。
また、「いまこの」(今此)というのは、過去と現在と未来ということである。
過去・現在・未来があるということは、 だが、「いまこの」ということになると、
もはや過去だ現在だ未来だとはいえないことなのである。



  【HP作成者感想】  うーむ。これも、まことに難解ですね。そして、此の部分もまた、道元の宇宙論であると私は受け取りました。「三界唯一心」といいますが、この唯一心とは決してわれわれの小さな心や精神ではないでしょう。 宇宙の心、いや宇宙そのものととらえてよいのではないでしょうか。道元もいっています、「三界は全界なり、三界はすなはちく(しん)といふにあらず。」といい、増谷師も本章の開題におい て「三界唯一心」をもって唯心論とすることは、決して「三界唯心」の真意をえたものではないと断言しておられます。三界はどこから見ても、あきらかに、どこまでもなお三界です。三界を宇宙と捉え存在そのものと捉えていいで しょう。私はそう捉えます。それも、現在の宇宙のみではなく、過去・現在・未来の宇宙をこの三界の宇宙は指していると思われます。そうです。道元がいう仏教的表現をもってすれば、この宇宙は如から出現してきた、 如来そのもの、われわれが知覚できる如来そのものと考えていいのではないでしょうか。如来の悟りは宇宙そのもの、宇宙の千変万化そのものと私は受け取ります。それであればこそ、「この三界はみなこれわが有」であり、 「そのなかの衆生は、ことごとくこれわが子である」と釈迦牟尼仏は仰せられたのではないでしょうか。なぜなら、釈迦牟尼仏は即ち如来そのものだからです。
そして、そのような如来の宇宙に過去・現在・未来はありません。常に今此(いまこの)なのです。釈迦牟尼仏は常に“今此の”時点において我々衆生を大慈大悲をもって見そなわしておられると捉えてはいかがでしょうか。
そして、
岩見く温泉津(ゆのつ)の妙好人才市老人はいいます。

ゑゑな、世界虚空はみなほとけ
わしもそのなか なむあみだぶつ

これが世界のなむあみだぶつ
これが虚空のなむあみだぶつ
わしの世界も虚空もひとつ
をやのこころのかたまりでできた

こんな、みなさん、もうたいない(もったいない)ことであります。
なむあみだぶつさんの、わたしを仏になさることわ
あらゆる世界虚空が、みなほどけ
この中に、この さいちの悪人が、こめてあること
なむあみだぶつ

(HP作成者)

◎今月の言葉(2008年11月)

−増谷文雄著「現代語訳 正法眼蔵〔仏道〕および正法眼蔵 〔見仏〕」より−

【原文】
〔仏道〕
世尊在世に一(ごう)もたがはざらんとする、なお百千万分の一分におよばざることをうれへ、およべるをよろこび 違せざらんとねがふを、遺弟の蓄念とせるのみなり。これをもて多生の値遇奉覲(ちぐうぶごん)をちぎるべし。 これをもて多生の見仏聞法をねがふべし。
〔見仏〕
釈迦牟尼仏、告= (ゲテ) 普賢菩薩 - ()
()
「若 () ランニ) = ()読誦 ()正憶念 ()修習 () 書写 (セン) ()法華経- () (ひと)上、 () (ルベシ)、是 ()人則 ()= (タテマツル)釈迦牟尼仏- () ()= ()仏口- (クガ) () 経典 ()
【増谷文雄師による現代意訳】
〔仏道〕
 わたしとしては、世尊の在世のころに一毫もたがうまじとするのが日頃の念願である。だが、なお百千万分の一がほども及びえないことが憂えられる。しかし、すこしでも及びえたと思うときにはまことに心うれしく、 いよいよ(たが)うまじとねがう。それがわたしの日ごろ念とするところである。そして、わたしは幾たびこの世に生をうけようとも、かならずこの(おも) いをいだいて仏に遇い奉りたいと思いさだめている。また、仏に(まみ)え奉ったならば、かならずその法を聞きたいものと願っているのである。
〔見仏〕
釈迦牟尼仏は、普賢菩薩に告げて仰せられた。
「もしこの法華経を受持し、読誦し、正憶念し、修習し、書写する者があらば、(まさ)に知るべし、この人すなわち釈迦牟尼仏を見たてまつるなり、仏の御口よりこの経典を 聞くが如くならん」
【HP作成者感想】
 今月は正法眼蔵の「仏道」と「見仏」の二つの章から、文章を選ばせていただきました。【原文】の 〔見仏〕の部分で漢文を横書きに表現していますので、お読み辛いところがあるものと思いますが、ご容赦ください。 この場合、同じ〔仏道〕および〔見仏〕について、増谷文雄氏のすぐれた現代意訳も添えておりますので、お読みくださいますようお願いいたします。  さて、本文ですが、道元禅師はまず〔仏道〕において、自らは世尊のあゆまれた修行の道をほんの一筋の毛ほども(たが)うまじとするのが日ごろの念願であるとし、それでもなお、 その百千万分の一も及び得ないことを 憂え、またほんの少しでも釈尊のあゆまれた道を経験しえたときはまことに嬉しく、いよいよ釈尊が指し示された教えに(たが)うまじと努力する。そして何回生まれ変わっても、この (おも)いをいだいて釈尊にお遇いして、その教えを聞きたいと、ほんとうに一途なことばで語っています。
 そして、さらに〔見仏〕においては「法華経」が普賢菩薩勧発品において 「もしこの法華経を受持し、読誦し、正憶念し、修習し、書写するものがあれば、この人はすなわち釈尊を見たてまつり、釈尊の口よりこの経典を直接聞くが如くになるだろう」と述べている一節をとりあげています。 このことは道元がひとえに釈尊の歩まれた道を歩もうとし、そして法華経と言う大乗経典に一途に帰依すれば、そのことは釈尊から直接、説法を聞くのと同じだと、何のわだかまりもなく、ひたすらに述べていることがわかります。  わたしは仏教を学ぶ態度、経典を読む態度はまさにこうあるべきだと、いまにして思うようになりました。現代人は、経典を神話と同類の文献と捉えたり、大乗経典は直接釈尊が述べたところにあらずという大乗非仏説を もちだして、大乗経典を軽くに見ようとすることがありますが、近代の人文科学的調査で「大乗非仏説」が事実であっても、釈尊も、大乗経典の作者も、人間の「生老病死」という、重くも悲しい事実を追求し その事実の解決を生涯かけて求めたというところに偉大な共通点があるわけで、真実を追究しようとするこの深くも篤い信仰心の前には、いたずらに実学を振り回す愚かしさというものを感じざるを得ません。 道元の法華経に対する思い、法然・親鸞の三部経に対する思いも、人間の「生老病死」の事実を如何に自らの中に受け入れ血肉にするかということからの憶念にあったからに違いありません。 かく申し上げる私も、最近 「歎異抄を読む会」という、まことに小さな小さな素人の会をもち、参加するようになりましたが、その中で、歎異抄を読み、関連して、親鸞聖人が晩年に作られた和讃を読み、東国の人々に送られた書簡のいくつかを 読ませていただくうちに、例えば、それが和讃なら、それを読む者にとって、それは、まさに七百有余年をこえて、直接に親鸞聖人の言葉を聞くことであり、もっといえば、それは、とりもなおさず親鸞聖人を先生として、 その口から直接、肉声をもって教わることとかわりがないのだと思うのです。




◎今月の言葉(2008年12月)

−増谷文雄著「現代語訳 正法眼蔵〔転法輪〕」より−

【原文】
先師天童古仏上堂、挙 ()
「世尊道 ()、一人発 (シテ) () (スレバ) ()、十方虚空、悉皆消殞(しょういん)  ()。師拈 (ジテ) ()、既 () ()世尊 ()所説 (ナリ)、未 () () ()  (スコト)奇特 ()商量 ()。天童 () () ()。 一人発 (シテ) () (スレバ) ()、乞児打 ()飯碗 ()
五祖山 ()法演和尚道 ()、「一人発真帰 源、十方虚空、築著(ちくじゃく) 磕著(かいじゃく)
仏性法泰和尚道 ()、「一人発真帰源、十方虚空、只 () ()十方虚空 (ナリ)
夾山圜悟禅師克勤和尚道 ()「一人発真帰源、十方虚空、 錦上添 () ()
大仏道 ()「一人発真帰源、十方虚空、 発真帰源」
【増谷文雄師による現代意訳】
先師なる天童如浄古仏は、法堂にいでまして仰せられた。
「示す。世尊は、一人が真を発して(みなもと)に帰すれば、十方の虚空はことごとく消えて見えなくなる、と仰せられた。わしの師匠は、それについて、これはすでに 世尊の説きたまうところであるから、きっとめったにないことをお考えなのであろうと仰せであった。だが天童(わし)はそうは思わない。一人が真を発して源に帰すれば、乞食も飯椀を叩き わってしまうだろうわい」
また、五祖山の法演和尚は仰せられた。
「一人が真を発して源に帰すれば、十方の虚空は、がちゃんとぶっつかるであろう」
また、仏性法泰和尚は仰せられた。
「一人が真を発して源に帰すれば、十方の虚空は、ただこれ十方の虚空である」
また、夾山(かつさん)の圜悟禅師なる克勤(こくごん)和尚は仰せられた。
「一人が真を発して源に帰すれば、十方の虚空は、錦上に花を添えるであろう」
また、わたくし大仏寺の道元はいう。
「一人が真を発して源に帰すれば、十方の虚空もまた、真を発して源に帰するであろう」
【HP作成者感想】
 正法眼蔵 転法輪の最初に示される天童如浄古仏をはじめ、道元禅師も含まれている5名の古仏によって示される「一人が真を発して源に帰すれば」に続につづくことばには、まことに、興味深い啓示が含まれているように思い ます。すなわち、
 世尊が仰せられたことば「一人が真を発して源に帰すれば、十方の虚空はことごとく消えて見えなくなる」ということは 「一人の人間が人生の根本を指し示す宗教的真実に恵まれれば、その真実によって十方の虚無なる虚空は消えて、虚空全てが宗教的真実に満たされ、それを見る多くの人々も宗教的真実に満たされる」と。
 五祖山の法演和尚のいう「十方の虚空は、がちゃんとぶっつかる」ということも 、一人に恵まれた宗教的真実は、十方の虚空にあえぐ人々に、まさに、がちゃんと音を発して、これらの人々に宗教的真実として伝わると。
 仏性法泰和尚のいう「十方の虚空は、ただこれ十方の虚空である」ということも、 一人に恵まれた宗教的真実は、十方の虚空は十方の虚空そのままが、宗教的真実であり、仏の世界なのだと万人が納得する。
また、 夾山(かつさん)の圜悟禅師のいう「十方の虚空は、錦上に花を添えるであろう」ということも、 大変出来すぎた表現ではありますが、素直に受け取って、まさに「万人のこころに花を添える宗教的真実となりうる」ということでしょうし、
 最後の道元禅師の解釈がまたすばらしく、「十方の虚空もまた、真を発して源に帰するであろう」とは 一人に恵まれた宗教的真実は、まさに万人の宗教的真実となると、いみじくも表現しておられるのだと受け取ることができます。 すなわち、上に示される五つの結論は全て同じであると私には思われるのです。そして、ここに、はからずも思い起こされるのは浄土真宗の開祖親鸞聖人の「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに、親鸞一人が ためなりけり」ということばです。すなわち、親鸞一人に与えられた宗教的真実は唯圓をはじめとして、親鸞のもとに集まった多くの人々の宗教的真実となりました。すなわち、一人に恵まれた宗教的真実が万人の宗教的真実になって ゆくところに宗教的真実の真髄があるということなのではないでしょうか。例えば釈尊に現れた宗教的真実は多くの弟子たちの真実となり、 2000年以上も年を経た現在にも、それを求める人々の真実となっています。イエスの真実しかり、道元、法然、親鸞、そのほか多くの真の宗教的真実に恵まれた人々の真実は、同時代のそして時代を超えた多くの人々の宗教的 真実となっています。「一人の真実が、万人の真実となる」これが、真の宗教的真実の真実たる所以ではないのでしょうか。