仏教 こころの言葉

このページは21世紀の夜明、2000年3月より「樹心堂」として毎月1回の更新の形で表示しておりましたが、この度、新しく「仏教 こころの言葉」として、みなさまに御覧いただくべく、あらためて表示しております。


●今月の言葉(2020年1月)
『顕浄土真実教行証』信文類本文5


今月はもう少し、本願成就文にまつわって、補足し、考えを進めていきたいところが
ありますので先月と同じ、【現代語訳】と【読下し古文】を掲載します。

【現代語訳】
◎ 顕浄土真実信文類 本文4
 (第十八願の)本願成就の文、大無量寿経下に次のように説かれている。
「すべての衆生は名号のいわれを聞いて信心歓喜するまさにそのとき、浄土往生を願う衆生は如来の回向により、その願いを成就され不退転のくらいに至るのである。唯(ただ)、五逆・謗法の身では、この救いからは当然除かれる。」
◎『無量寿如来会 下』にも説かれている。「他の諸仏の国にある衆生も含めてすべての国の生あるものは、無量寿如来の名号のいわれを聞いた、その瞬間に浄らかな信を回向せしめられて歓喜愛楽し、無量寿国に往生したいと願えば、その願いに随って、みな往生し、不退転のくらいとなって無上のさとりを開くことができる。唯(ただ)、五逆・謗法の身では、この救いからは当然除かれる。」

 【読下し古文】
 (ほん)(がん)(じょう)(じゅ)(もん)、『(きょう)』((だい)(きょう)())にのたまはく、「あらゆる(しゅ)(じょう)、その(みょう)(ごう)()きて(しん)(じん)(かん)()せんこと、(ない)()(いち)(ねん)せん。()(しん)()(こう)したまへり。かの(くに)(しょう)ぜんと(がん)ぜば、すなはち(おう)(じょう)()()退(たい)(てん)(じゅう)せん。ただ()(ぎゃく)誹謗(ひほう)正法(しょうぼう)とをば(のぞ)く」と。(以上)

  『無暈(むりょう)寿(じゅ)如来会(にょらいえ)』(())にのたまはく、菩提流(ぼだいる)()(やく) 「他方(たほう)(ぶっ)(こく)所有(しょう)()(じょう)()(りょう)寿(じゅ)(にょ)(らい)(みょう)(ごう)()きてよく(いち)(ねん)(じょう)(しん)(おこ)して(かん)()せしめ、(しょ)()(ぜん)(ごん)()(こう)したまへるを(あい)(ぎょう)して()(りょう)寿(じゅ)(こく)(しょう)ぜんと(がん)ぜば、(がん)(したが)ひてみな(うま)れ、()退(たい)(てん)(ない)()(三七む)(じょう)(しょう)(とう)()(だい)()んと。()()(けん)(しょう)(ぼう)()(ほう)し、および(しょう)(じゃ)(そし)らんをば(のぞ)く」と。(以上)

【HP作成者感想】
◎ 親鸞聖人の大無量寿経「第十八願成就文」の読み方から

 今月は、劈頭にも書きましたように、もう少し、本願成就文を味あわせていただきたいと思い、先に進まずに、親鸞浄土教における成就文の在りよう探ってみたいと思います。まず第十八の本願成就文です。教行信証も、元は漢文ですから、まず漢文で表してみます。
① 諸有衆生 聞其名号 信心歓喜 乃至一念 至心迴向 願生彼国 即得往生 住不退転 唯除五逆 誹謗正法
これを親鸞聖人は訓読で上記【読下し古文】のように読まれます。再記しますと
② あらゆる衆生、その名号を聞きて、信心歓喜せんこと、乃至一念せん、至心に回向せしめたまへり。かの国に生ぜんと願ぜば、すなはち往生を得、不退転に住せん。唯(ただ)五逆と誹謗正法とをば除くと。
 ところが、上記①の漢文の読み方について、法然以前は、
③ あらゆる衆生、其の名号を聞きて、信心歓喜し、乃至一念、至心に回向して、かの国に生ぜんと願ずれば、即ち往生を得、不退転に住す。唯(ただ)、五逆と誹謗正法とをば除くと。どうやら、この③の読み方が、漢文として無理のない通常の読み方だといえます。
 ここで、②と③の読み方の大きな違いは、③の法然上人以前の読み方(通常の読み方)が「至心に回向して」と至心に回向するのは、衆生の側であるのに対して
② 「至心に回向せしめたまへり」という親鸞聖人の読み方は「至心に回向するのは如来の側」、すなわち「如来の働き」として回向の意味を受取っていることにならいます。
 このように、法然上人までの、第十八の本願成就文についての通常の読み方(衆生が回向する読み方)に対して、親鸞聖人は、②において回向を如来の働きとして読まれています。これは、漢文の訓読の自由度は大きいとしても、回向の主体を逆転した読み方で、通常の読み方から、いささか、かけ離れた独特の読み方です。なぜここまでして、このような読み方をしなければならなかったのでしょうか。そして、この③と②の場合のように、回向の主体を衆生から如来に変えた読み方は、ここだけではありません。ほかにも沢山あります。たとえば、『無量寿如来会』の第十八願成就文でも
 通常の読み下し文では「他方仏国のあらゆる衆生、無量寿如来の名号を聞きて乃至よく一念の浄信を発し、歓喜愛楽(かんぎあいぎょう)して、あらゆる善根を回向し、無量寿国に生ぜんと願ぜば、・・・・」と歓喜も愛楽も、はじめから衆生の側のはたらきとして読まれているところを、
親鸞聖人は同じ部分を「他方仏国のあらゆる衆生、無量寿如来の名号を聞きて、よく一念の浄信発して歓喜せしめ、あらゆる善根を回向したまえるをして愛楽して、無量寿国に生ぜんと願ぜば ・・・・」と、歓喜と善根迴向の部分を如来のはたらきとして読んでおられます。
 また、善導の『観経疏』において
 通常の読下し文では「かならず須(すべか)らく真実心のうちになすべきことを明かさんと欲す。」と衆生の側で須(すべか)らく真実心のうちになすことになっているところを明かさんと・・・・」となっているところを
親鸞聖人は「かならず真実心のうちになしたまへるを須(もち)ゐんことを明かさんと欲す。」と真実心のうちになしうるのは如来の働きであって、衆生はそれを須(もち)ゐんことを明かさんと・・・・と読まれています。
 このほかにも、この現在読み進めている信巻だけでも、漢文で表されている経・論・釈で、普通に読めば衆生のはたらき(回向など))を、如来の他力迴向として読み替えておられるところが、枚挙をいとわず数多く見られます。これはどういう風に受け取ればいいのでしょうか。親鸞聖人のこのような全てを如来の本願力とする読み方を何等の原因もなく、単なる思いつきで読み替えておられるとは思えません。
 かくまでも、徹底的に、経・論・釈に至るまで、通常の読み方を、如来の他力回向の形に読み替えるということは、やはり、ここに親鸞聖人の真実の信心の在り方についての深刻な求道の経緯があったことは明らかです。
 そして、ここで、非難を怖れずに言えば、それは、六角堂での聖徳太子の示現を経て、法然上人の膝下に馳せ参じた親鸞聖人であり、和讃にも、「曠劫多生のあひだにも 出離の強縁しらざりき 本師源空いまさずは このたびむなしくすぎなまし」とまで表現されている法然上人の教えでありますが、入門から、流罪を経て北陸、関東と教えを広める中で曇鸞大師の他力思想、更には自己の関東での宗教的体験をもまじえた中で法然上人の他力思想の更なる徹底化をはかられたのではないでしょうか。
◎法然と親鸞
法然上人が念仏為本の浄土宗を開く端緒となったのは、私見では大きく三つあると思います。
(1) 法然聖人の強烈な大乗精神の発露として、いかなる人々も、根源的な宗教的救いの世界に入れるようにしたい。すなわち、富める人々、強烈な修業ができる人々にはできるが、日々の生活に追われて、宗教的生活を送るためのお金なく、時間なく、修行の力もなく、仏の世界を思い描く(観仏)能力もないそのような衆生、すなわち富める人々、修行のできる人々は根源的な宗教的救いの世界にはいれるが、かろうじて生きるために、日々の糧を得るために、宗教的生活とは無縁に過ごさねばならない人々の救われる道はないのかと模索した。それが、いつでも、どこでも、だれでもが、口で称えるだけで絶対的な宗教的救いにあずかれる念仏為本の宗教であると。
(2) 叡山のみならず、奈良仏教、真言の高僧等、多くの高僧に尋ね、比叡山の経蔵の一切経を5回も読み返し求めたけれども得られなかった答えを、中国の善導大師の『観経疏』の「一心にもっぱら弥陀の名号を念じ、行住坐臥、時節の久近を問わず、念々に捨てざる者、是を正定の業と名づく、彼の仏の願に順ずるが故に」の言葉によって、それまでに求め続けた(1)のような宗教的求道に対する心眼が開かれた。
(3) 当然、法然の浄土教に対して、旧仏教からの批判は激しかったが、法然はその批判に対して、念仏為本の教えの根拠を大無量寿経の四十八願、特にその第十八願(念仏往生の願)置いて、これを絶対的な経典のことばとして、諸宗の批判に対処した。そこには、「彼の仏の願に順ずるが故に」という善導のことばがあった。
 以上、鎌倉時代に革命的新仏教の草創に生涯をかけた法然の教えであったが、その膝下で数年を過ごした親鸞が法然の教えから一歩も出ずに生涯を過ごし得たかどうかという事については親鸞の生涯の宗教活動、特に、その著である教行信証を被閲すればわかるように思うのです。すなわち、所依の経典である大無量寿経の読み方を自力的な表現から他力の表現へと読み替えていることです。つまり上記に既に記しいるとおりです。これは親鸞が曇鸞の他力の思想に大きな影響を受けている結果であると一般的にいわれていますが、それでは、何故、他力迴向の思想をはっきりと前面に出して、宗教活動を行なったか、これは単に曇鸞の他力思想に影響を受けたという表面的なところにとどまらず、ここには親鸞の深刻な思想の遍歴があったということではないでしょうか。すなわち、ここでも非難を怖れずに、はっきりといえば、法然の経典絶対主義ともいえる大無量寿経理解に全面的に没入することができなかったのではないか。もっといえば、経典は、伝統的な読み方の理解だけで、それが経典であるという理由のみで、そのまま、有無をいわさず、その記述を信ぜよということに、親鸞の宗教的霊性が没入できなかったのではないか。もっと簡単に言えば、お経の文言を、そのまま如来の霊性として受入れ、信じることができなかったのではないかということです。
◎ 「他力本願」としての親鸞浄土教
 ここにいたって親鸞は、曇鸞の弥陀の他力迴向論に没入していきます。このことは、親鸞が自らの在りようが決して自らのものではなく、永劫の過去からの縁起によって、今、ここにこうして在る。自らをここに、こうして在らしめた根源のはたらき、自らの真実の親としてのはたらきとして、経典ではなく、生身の親鸞自身の経験則として弥陀の他力回向への開眼であったと思うのです。これは、自らのありようのみではなく、この世界のありようもすべて弥陀の本願力回向として親鸞には受けとられたのではないでしょうか。親鸞が、かくも経典の言葉を逐一他力迴向の形で読み替え、読み切っていること、これは親鸞にとって「他力回向」ということは、もはや経典に説かれている事柄を超えて、事実として、そのこころに迫ってきたからではないでしょうか。ここに親鸞浄土教が「他力本願」の宗教であること、親鸞教の真髄は、まさに「他力にある」ということではないでしょうか。
◎ さて「本願成就文」にまつわる想いの遍歴は上記のみにとどまらず、さらに二点を加えたいと思います。
(1) 第十九願対象者はなぜ邪定聚なのか
 ① 邪定聚とは『倶舎論』によれば「さとることのない衆生。五無間業をなす衆生。これは最悪の行為で命終後、直ちに必ず無間地獄に堕ちる。」 
 五無間業をなす衆生とは五逆・謗法の徒ということになります。
 ② ところが親鸞浄土教において邪定聚とは「自ら行じた、もろもろの善根によって往生しようとする人々(第十九願の機)。万行万善自力の往生を願う者。」
 ということになります。
  普通に考えて、この二つの邪定聚観を見ますと随分表現が違います。倶舎論の邪定聚が、箸にも棒にもかからぬ五逆謗法の徒であることに対して、親鸞浄土教の邪定聚は、上の②にみられるように、自力とはいえ、もろもろの善根を積んで往生しようとする人々です。世間的に言えば、ある意味では殊勝な面もあるのですが、なぜ邪定聚なのでしょうか。倶舎論の五逆謗法ともいえる邪定聚とは随分違う様に思います。
 私見になりますが、①と②の両者は、やはり同じと見なすべきだと思います。何故なら、②は世間的な眼で見れば雑行雑修の行によってでも往生を得ようとする、一見殊勝な行者のように思いますが、万行、万善、自力の往生を願うということは、ある意味で、如来よりも先に、自らを絶対とする行者であって、これは、親鸞浄土教としてみれば、如来の絶対を疑い、信心以外の雑行に依ろうとする、いわば全てが本願力回向によることを疑う衆生ということになります。これは、まさに謗法の徒というしかないのではないでしょうか。とすると、②における第十九願の機というのは①における無間地獄に堕ちる邪定聚ということになります。親鸞聖人も、そこを見抜かれて「第十九願の機」を「邪定聚」とされたのではないでしょうか。
(2) 現生正定聚の世界には、現生であるが故に、邪定聚も不定聚もいるのではないか。 
 親鸞聖人は信心の定まった念仏者は現生において正定の聚になるといわれました。そうすると当然のことながら正定聚の人が生きているこの娑婆には、邪聚聚も不定聚もいるわけです。
 一方、第十一願成就文、すなわち必至滅度の願成就文を見ますと、「それ衆生ありて、かの国に生るるものは、みなことごとく正定の聚に住す。ゆゑはいかん。かの仏国のなかにはもろもろの邪聚および不定聚なければなり。」 となっています。ここで「それ衆生ありて、かの国に生るるもの」の「かの国」とは、勿論「浄土」を指すわけですから、現生の娑婆ではありません。つまり、『大無量寿経』の第十一願成就文での正定聚は浄土に居るのです。そこには邪定聚、不定聚はいない、そこにいるのは正定聚のみというのが第十一願成就文の説くところです。ところが親鸞聖人は「現生正定聚」を説かれました。正定聚は現生において居るわけですから、その現生には邪定聚も、不定聚もいるわけです。
 もともと、大無量寿経では、正定聚は、衆生が往生した浄土に居るわけですから、第十一願成就文が説くように、そこには邪定聚、不定聚はいません。
 そもそも、大無量寿経では、㋐至心信楽、欲生我国、乃至十念の信心の念仏衆生が浄土に往生して正定聚になるのです。そして、清らかな浄土に往生して
煩悩に煩わされずに修業し仏になるのが、大無量寿経の筋書きだろうと思います。しかし、親鸞聖人は㋑「信心定まるとき、往生また定まるなり」として、その人は現生において正定聚不退のくらいに住すとされました。この㋐と㋑の関係をどうとらえるべきでしょうか。㋐の正定聚は浄土にいるわけで現生の娑婆にはいません。また、他方㋑の正定聚は現生正定聚ですから、現生の娑婆に居て、浄土にはいません。この矛盾はどう受取ればいいのでしょうか。この段階での、ひとつの解釈として、正定聚は現生であるけれども、現生に在りながら、こころは既に浄土に居すということなのでしょうか。しかし、本願寺出版社発行の註釈版『浄土真宗聖典信巻264頁』の【103】、および、真宗大谷派宗務所発行の『真宗聖典信巻250頁』のはじめに、親鸞聖人は、ご自身の言葉として「まことに知んぬ、弥勒大士は等覚の金剛心を究むるがゆゑに、竜華三会の暁、まさに無上覚位を極むべし。念仏の衆生は横超の金剛心を究むるがゆゑに、臨終一念の夕べ、大般涅槃を超証す。」と述べておられらます。これによれば、現生正定聚の位にある念仏の衆生は、臨終の一瞬、すなわちいのち終わった瞬間に無上覚位、すなわち正覚の仏となることを、はっきりと述べておられます。となると、現世において既に正定聚となった人の周囲には、自力の雑行に励む邪定聚の人や、自力の念仏からまだ抜けきれない不定聚の人がいることになります。これは、まさに親鸞聖人の現生正定聚の宗教が、大無量寿経の世界を超えたことになります。すなわち、はっきり言えば、あくまでも法然上人を讃仰してやまない親鸞聖人の宗教が、経典を絶対とする法然上人の宗教を、自然の内に超えたことになります。なんとこれは、言葉では言い尽くせない凄いことというほかはありません。しかも、これは、親鸞聖人が、自己が今、ここに、こうして在ることが永劫の過去からの縁起にもとづくもの、真実の親である南無阿弥陀仏の他力回向のはたらきによるものであるとする、世を超えた他力回向の宗教的開眼による結果というほかはありません。 親鸞は現生において正定聚不退のくらいいただいたのであって、やがていのち終わって往く浄土には邪定聚も、不定聚も、そして正定聚もいません。そこは正覚の仏のみの世界なのです。

今月は以上で終ります。